Darkness world -ある捻くれ者のつぶやき-

高坂はる香です。私の幼少期からの出来事をエッセイ形式で書いていきます。(ちなみにこれは全て私の心理カウンセリングで使われたものです。虐待などの内容を含むため、閲覧にはご注意ください)

いじめ パート2

小学校6年生の頃、私のクラスにひとりの女児が北日本から転校してきた。朝子という。見た目は決して可愛いわけでもなく、身長が低く体格がよく丸顔で濃い顔つき、更に色黒で真ん中で分けた肩まで伸びた黒い髪が特徴。第一印象は「大仁田厚(プロレスラー)」に激似、という感じだった。彼女は転校してきてすぐに則子たちと仲良しになった。一方私は朝子には特に興味も示さず、幼馴染の恵理(通称エリ)とこちらも幼稚園からの幼馴染の明子(通称あっこちゃん)といつも一緒に遊んでいた。エリもあっこちゃんも私を良く知る存在で、喧嘩をしたりもするけれどいつもお互いに助け合うような仲だった。だから彼女ら以外に目を向けることも無かったのだ。

エリとあっこちゃんは学校のブラスバンド部に所属しており、私は彼女らのブラスバンドが無い日は家も近所ということもあってかよく一緒に家に集まって遊んでいた。エリには歳の離れた弟がいる。両親は共働きでじじばばっ子だった。私とは別の幼稚園に通っていたが、お互いの家がすごく近くその頃から仲良しだった。彼女はたまにわがままを言って私を困らせることもあったけれど、親切なところもあって今でも付き合いはある。あっこちゃんとは幼稚園も一緒で、小学校に入っても仲良くしていた。私は彼女のことは大好きだった。体が弱い子だったけれど、誰の前でもお姉さんのような優しさを持ち合わせていたからだった。彼女の家は私が小学校5年生になる頃に隣の住宅街から私の住む住宅街に引っ越してきた。そして家が近くなったこともあってお互いの時間の都合が合う時にはよく一緒に遊んでいた。そんなこともあり、学校でもエリとあっこちゃんとはずっと一緒にいた。

だが同時期に則子からの私へのストーカーとも言える行動が始まった。エリもあっこちゃんも部活でいない時は隣のクラスのアスカとその友達といつも下校していた。そしてアスカと帰宅する際にいつもよく話をしていたのは

「きょうの放課後、街にお買い物へ行こう!」

という事だったり、

「放課後狐坂公園(アスカの家の近くにあった公園)で一緒に遊ぼう」

という話だった。私はアスカと遊ぶのは大好きだった。習い事の無い日によく街に遊びに行っては買い物もしていた。買い物に行かない日には狐坂公園でよく一緒に遊んでいた。だからこの日も当たり前のように私とアスカは遊ぶ約束をしていたのだ。が、いつもその話は何故か則子たちの耳に入っていたのだ。私やアスカは則子を心底嫌っていたこともあり、いちいち則子に街に遊びに行くことを宣言するということはまず無い。だったらなぜこれを知ってるの?と疑問に思っていたある日、その真相を知ることに。則子は私たちが下校する時、後ろや近くにわざとくっ付いて話を聞いていたのだ。そしてその脇には朝子もいた。朝子も面白半分で私たちの話を盗み聞きしていたのだ。そして彼女らは何も無かったかのように私たちに近づいて

「ねーねー、街に行くの?だったら私たちも一緒に行きたいんだけど?連れてってくれない?」

などと無理矢理付いてこようとするのだ。私がアスカ以外の友達と下校している際もやはりこのような話を嗅ぎつけては「連れてって!」だの「付いて行く!」だのが始まる。そこで私も則子たちが付いてくるのは本当に嫌なので

「ごめん、きょうは別の友達も一緒だから無理」

とか

「塾の帰りに遊ぶから・・・」

などと言うが、決まってその後は則子の嘘泣きが始まり、私たちへの罵倒も含まれるので実に厄介なのだ。

なぜ自分が好きじゃないクラスメイトを自分らの娯楽に混ぜてあげなければいけないのか?そもそも気が合うわけでもないのに、と考えていた。則子だけじゃなく、朝子も同じように私に付きまとい、街に出かける、放課後に遊ぶなどの話に割って入ってきては「私も一緒に遊ぶ!」だの「連れてって!」だのが始まるのだ。朝子も則子同様に嘘泣きをし始めるというタチの悪さも持ち合わせるので本当にこちらも厄介である。実は一度則子らと街に出かけたのだが、これはこれで面倒だった。道中ワガママのオンパレード。私も買い物がしたいのだが、それはお構いなしで勝手な行動をする、私におごってもらおうと必死になるなど。一度一緒に出かけたらあとはもう行きたくないとなるパターンであった。だから彼女らからどんなにお願いされても放課後は一緒に遊びたくないのが本音であった。だからその一件以来彼女らと街に出かけることは無かった。

買い物だけじゃなかった。則子はある日私とアスカが少し離れた場所にあるスケートリンクへスケートに行くということを聞きつけて、ここでも一緒に行きたいと騒ぎ出した。無論私もアスカも連れて行きたくないし一緒に行くなんてとんでもない!と考えていた。そこでアスカが思いついたこと、それは「はる香ちゃんが親戚の家に行くことになったから中止になった」とアスカが則子に伝えるというもの。そして私もいるところでアスカが則子にそのことを伝えると、

「うそ!そんな事ない!絶対にないし」

と嘘泣きを始めた。本当に呆れるしかなかったし、私たちが則子を嫌っていることをそろそろ察してほしいとも思った。私がアスカと一緒にいずに、エリとあっこちゃんと一緒にいても同じようなことをされていた。無論エリたちも則子のその行動にうんざりしていた。

 

そんなこんなを繰り返していたある日、則子と朝子は自称クラスのアイドルのマミの取り巻きになっていたのだ。そして気に入らないとなればマミも加わって私に攻撃をするのだ。マミはいつも自分がいちばん可愛いと思い込んでいたのだが、ある日私が隣のクラスの理恵ちゃん(こちらはこちらでまた可愛いのだ。背も高く顔立ちも整っており、性格もとても温厚でクラスで人気者だった。本人は決してそれを自慢するなどしなかった)を可愛いと言ったことをどこかで聞いたことがきっかけで私を敵視するようになっていった。

マミは誰が何を言おうが自分はクラスでも学年でもいちばん可愛い、特にクラスのアイドルだという考えを強く持っていた。私もそれは知っていたが、そういう彼女があほらしく見えていたので正直その考えには賛同しなかった。クラスの他の女児たちもマミに賛同する人しない人で別れていた。

そんな中、マミがあまりにも「あたしって可愛いでしょう?」と私たちの前で言うものなのでそれすら本当にくだらなく思えた私が「バカみたい」とボソリと一言発したところ、クラスを巻き込んだ喧嘩に発展してしまった。マミを可愛いと思う子たちとマミをそう思わない子たちで別れての大喧嘩。その後担任の耳にその情報が入り、マミはタチが悪いことに担任から事情を聞かれた際に「あたしははる香ちゃんにいじめられたの!」などと言って先生を味方に付けてしまったのだ。他にもマミはいかにも自分は被害者だというような被害妄想も入ったような言い分を先生にしたおかげで先生がその気になってしまって私が自動的に悪者になってしまった。その後もマミからはたくさんの嫌がらせを受けたり、下級生にある事無いことを吹き込まれたりもした。

今思うとマミの家庭は相当複雑だった。歳の離れた兄と姉がいるのだが、姉はよく彼女に年齢不相応な服のお下がり(ボディコンみたいなものなど)をあげているようだが、基本どちらもマミにはほぼ無関心であった。兄はとりあえず優秀(彼女曰く市内一の進学校に在籍。後に旧帝大に進学)らしいが姉は高校にも行かずに歳をごまかして夜の歓楽街で水商売をしていた。両親についてはよく分からず、両親共働きで母親は不在がちだというのだ。時にはマミと姉を残して会社の慰安旅行で海外に出かけたりもしたとのこと。父親は一応いるようなのだがあまり話題に上がらない。これらを総合してもやはり彼女の家は相当複雑な家庭であるのは確かである。そんな複雑な家庭で育てば、そりゃ彼女だって学校では何か悪いことでもしないと落ち着かないのだろう。加えて学校ではお姫様でいたいものなのだろう。寧ろこんな家庭環境でいて学校で何も悪いことをせずおとなしく過ごしているほうがおかしい。

マミとは中学も2年までは学校が一緒だったが、彼女が中学校2年の時の担任と衝突をしたことを機に学校に顔を見せなくなった。後に分かったことだが、マミ自身実はずいぶん前から精神分裂症(現・統合失調症)を患っており、病院通いが欠かせないということもあり大病院のある場所から目と鼻の先にある別の学区の中学校に転校したというのだ。そんなマミは電車で中学校まで通っていたこともあり、地元の駅で彼女とよく遭遇した。高校生になってからも何度か彼女を見かけたが、その時の彼女は市外の私立女子高の制服を着て不良仲間とよく一緒にいた。その後間もなく彼女は高校を辞めて働くことに・・・。

 

中学に入っても私はいじめに遭っていた。

正直「さすがに中学に入ればいじめも無くなるだろう」と考えていたが、同じ小学校出身の子数名が私についてある事無い事を無関係の生徒たちに言い触らしてしまったようで、それが噂として広がり、しまいにはいじめに発展してしまったのだ。中学校に入って1ヶ月ほどしたある日、同じクラスになったある男子からいきなり「お前、小学校の頃いじめられていたんだろう?調子こくな!」などといきなり因縁をつけられてこちらも対応に困るという一幕があった。私は「知らん!」となるべく相手にしないようにしていたが、彼は休み時間のたびに私の元に来ては「いじめられていたんだろう?」としつこく詰め寄ってきたのだ。そんなある日のこと、私もあまりのしつこさにうんざりしていたところで彼はいきなり私の頭を掴んで髪を思いっきり引っ張った。あまりの痛さに手を払いのけようとしたところ、私は思いっきり殴られてその場にうずくまった。その日から奴からのいじめが始まったのだ。見かけるたびに暴力を振るわれ、嫌がらせをされ時には大怪我をしそうな場面も多々あり。たとえば階段から突き落とされたり、いきなり教室にあった箒で殴りかかられたり。そして彼もタチが悪く、別の仲間も誘い最終的に関わった人間の数は2桁になっていた。

日々続く暴力で体中に痣が出来てストレスで胃が痛い日々が続いて何も食べられない日も続き、勉強も手につかなくなり、中の上ほどあった成績も次第に中の下ぐらいに下がっていった。何度も親に「いじめられている。だから学校に行きたくない」と訴えたが母は事情を聞くのみで私を学校へ行かせた。父に関してはほぼ無関心。母は世間体を気にして私を学校に行かせていたのだと思う。今思うと世間体云々よりもわが子の安全を優先すべきじゃないのか?と思うのだが、母はそれよりも世間体を取ったのだと思う。正直この頃の私はクラス全員からいじめられていたような状態だったから。昨日まで仲の良かったクラスメイトの女子も「あんたと関わっていると、私もいじめに遭うから」とひとりひとりと離れて行き、目の前で私がいじめられていても何もせずただ見ているだけ。

そして私が部活に入っていなかったこともあり面倒なことは全て私に任せようとしていたのだ。たとえば文化祭の実行委員や生徒会関係の人選など。その場合は必ずといっていいほど誰かは私を推薦し、理由は「野良部(当時部活に入っていない生徒をそう呼んでいた)だからどうで暇でしょ?」「私たちは部活で忙しいから」などと身勝手な理由をつけて私に押し付けようとしたのだ。私も黙って引き受ける気は起きなかった、というのも理由が身勝手というのもあるが、ただ部活に入っていないというだけでこうして雑用を引き受けなければとなるのはいかがなものかと疑問だったからだ。だから決まっても辞退の申し出をしたのだ。しかし担任もバカであり「多数決で決まったんだからやるべきだろう!」と強く言うのだが、私は到底納得がいかない。何が多数決だ?ただ面倒だから押し付けてしまえという腐った根性が私は気に入らない。

そして担任も「決まったんだからそれでおしまい」ってわけか?担任すら敵に見えた瞬間だった。私は迷わず「だったら部活に入っていれば面倒なことはしなくていいって決まりでもあるの?そんなのおかしいよね?こっちだって好きで部活に入っていないわけじゃねぇし。中には事情があって部活に入れない人間がいるのも知らないの?部活に入っていないからっていうのを理由に面倒なことを押し付けることを許すのか。そんなの勝手に押し付けられた奴が怒るのも無理ないだろう。それで納得いかないっていうなら校長に言いつけようか?それとも教育委員会に全部話そうか?」

と私は担任に強く言った。帰宅して母にもこの話をした。すると「あんたにはそんなの無理でしょう」とすぐさま学校に抗議をしてくれたのだ。だがこれも決して正しい方法ではないと今になって思えてくる。本音を言えば担任が能無しという事だった。それを母には言いたかった。担任もダメならクラスもダメ、面倒なことを部活に入っていないという理由だけで押し付けるなんて本当に腹が立つ。社会に出れば仕事で忙しいから法律なんて守りません!とでも言うのか?こんなクラスなら私は学校に行きたくない。とも母に話した。だがここでも母は学校に行きたくない要求は聞いてくれなかった。母に言う言わない以前に私は本当に学校には心底絶望していたので一日でも早く不登校になりたかったのだ。転校となるのなら別だが・・・

翌日私のクラスでは再度文化祭の実行委員を選ぶことになった。担任も部活に入っていないだけで押し付けられるということに学校側も疑問を持ったのだろう。結局生徒会関係も文化祭の実行委員も別のクラスメイトに決まった。こうなった以上、後味が悪いとしかいい様が無いが・・・

 

学校生活に関して実は母が口を挟む、手を出すことも少なくなかった。たとえば私の学校の指定する下着の色が不満(アンダーは白黒紺と決まっていたが、白に近い薄いピンクは本当にダメなのかと私に問い詰めてひとりでキレた)だったのか、それについて「うちには薄いピンクしかない!」と学校へ抗議に行ったり、冬になって寒いからとジャージの長ズボンを膝上まで切って裾を処理して、それをスカートの下に履かせたりもした。ジャージの件はクラスメイトからスカートをめくられたり(この行動自体が大人気なくみっともないが)もした。無論翌日から履いていかなかった。

それから発育が良かった私のためにと母は勝手にスポブラを買ってきて翌日私に学校に着けていくように命じた。私も「まぁ今は恥ずかしい気持ちもあるけれど、いずれはみんなするものだし・・・」と自分に言い聞かせてその日はそのスポブラを着けて学校へ行った。その日の午後、クラスメイトに私がスポブラを着けているということがバレてしまい、教室移動の際などにわざと私の後ろを歩いては指で背中をさすることをする女子が多数いて気持ち悪くなってしまったのだ。クラスメイトの女子が次から次へと私の背中を触れるものだから本当に気持ちが悪い。しかも

「高坂さんスポブラしてるの~?」

「胸大きいからね~」

などという薄気味悪い笑い声も付いて。思春期真っ只中な女子にとっては同じ悩みのはずなのに、女子ならいずれはするだろう当たり前のことをしただけでこうしてからかいの対象になるなんてと本当にその日は居心地が悪く、翌日はこのせいで体調を崩して熱を出して学校を休んだ。母には「もうスポブラなんて着けていきたくない!そんなものいらない!」と抗議した。だが母はそんな私に対して「あら~、みんな珍しかったんだね~」ぐらいしか言ってくれず、本当に悔しい思いをした。せめて親身になって悩みのひとつぐらい聞いてくれたらよかったのに、という思いはあった。そして母は「せっかく買ってきたのに・・・」と落胆していた。が、落胆したからといってまた学校に着けて行って嫌な思いはしたくないというのは当時の私の本音だった。

このような母が買ってきたもの、作ったものを身につけたことによってクラスメイトからのからかいの対象になってしまうというものが死ぬほど嫌だった。時には母は私にいじめられて来いと言っているのか?と勘ぐってしまうほどだった。

 

皆が必ずいつか向き合う性の問題も、私に関わればそれもからかいの対象になるというのも普通だった。生理になった時にトイレまで後を付けてくるクラスメイトもいたぐらい。本当に気持ち悪くてたまらなかった。それだけじゃなくカバンの中を物色された事もあった、きまって生理の日に。スポブラにしても生理にしても女として産まれればどこかで向き合わなければいけない問題なわけであり、それがただ早いか遅いかの差だろう。それが少しでも早い、クラスでも生理が来ない女子がいればそうネタにされてもおかしくないのか?そもそもネタにしていた女子は今それをどう思うのだろう。わが子にも当たり前のように、武勇伝のように「ママはねぇー、こういうクラスメイトがいてある日スポブラしてきたんだけど、背中をこうしてあげてたの!」とでも語るのか。そう考えると失笑ものだ。恐らくだが彼女らは誰かに恥ずかしい思いをしてもらうことが実は自分にとって照れ隠しになる場合や私もいつかそうなるの?という不安感を和らげるものなのだろう。たとえそうであっても恥ずかしい思いをした側からすればただただ迷惑でしかない。ブラなんざいつかはするものである、だからこればっかりは不可抗力。それをこうしてからかいの対象にするとは本当に迷惑であり人権侵害であると今でも考える。

このような性に対しての嫌がらせは女子からだけではなく、男子からもあったのだ。ある放課後にその事件は起きた。自分をいじめていた主犯格の男(クラスメイト)に放課後の教室に一人でいるところ狙われて脅された挙句、(最初は制服の上からだったが)制服の下に手を入れられて胸を揉まれた。それだけじゃなく、奴は事もあろうか私を押し倒してきた。奴は私の口を手で押さえようとしたが、そこで恐怖のあまり私が声をあげたところで奴は逃げた。奴が逃げた後私はしばらく放心状態だった。一体何が起こったのだろう?今のは現実?一体何をしたかったの?本当に混乱した。そしてしばらくして状況が読めてきた、奴は私にいかがわしい事をしようとした!そう思えた私は気分が悪くなり、着衣も乱れたままその場で暫く泣いていた。それから私は長期に渡って異性を極端に嫌がるようになった、男そのものが気持ち悪いとも思っていた。教室で同じ空気を吸うことすら嫌悪感があった。しばらくは男子とは話をしても決して目を合わせることもなかった。とりあえずその時は体を触られただけで済んだが、心の傷はしばらく癒えずにいた。

実はこの主犯格の男、この事件の前から私を舐めるように全身を見ては「お前、胸でかいなぁ~」などと言ってきてはしばらく人の胸ばかりを見るなどの異常な行動があったのだ。胸をずっと見ていたことも、押し倒されたこともさすがにこればっかりは恥ずかしくて誰にも相談出来ないし言えない・・・、たとえ母親でも親友でも!どうしたらいいの?!とそればっかりが頭の中をグルグルしていたことを覚えている。しばらくフラッシュバックに苦しんでいた。

 

この後しばらくしてクラスメイトのある男子が同じクラス内でのいじめを原因とする不登校となった。担任は毎日のようにその男子の家を家庭訪問するが暫く学校に来ることは無かった。そんな中、私も男子からの暴力に耐えられなくなり、とうとう母に傷跡を見せることに。太ももや背中に数十箇所の痣が出来ていた。ずっとそれを隠していたが、この日初めてそれを見せたのだ。いつもなら「お前が悪い!バカだからどこに行ってもいじめられる」などと理不尽なことを言う母だがこの日ばかりは「一体どこの誰が・・・」と怒り心頭だった。

帰宅後、兄も含めて事情を聞かれる。そしてその後母が学校へ電話をして担任と話をしたのだ。そしていじめの首謀者の名前を言い、私が今どんな状態なのかも話をした。ここでも私は「もう本当に学校に行きたくない!転校したい!」と言っていたが、母は不登校を認めてはくれなかった。ただ、学校との話し合いの席では「転校も考える」ことは担任に伝えた。当時の私の中学ではいじめはそんなに重大な問題として扱わなかったのか、話し合いも担任と母が電話でというものだった。そして翌日、学校に行くと担任が私を別室に呼び出して事情聴取を始めた。前記の「野良部だから係や雑用をやるのは当たり前」のような態度は無く親身になって話を聞いてくれたことは今でも覚えている。いじめの経緯や誰が何をしたのかなど、詳しく話を聞いてはノートにそれを書き込んでいた。そして私はここでも

「もう学校に来たくない。明日からでも学校やめたい(義務教育だから退学は無理だが)。いじめが無くならなければ学校になんて行かない!」

と担任に伝えた。だが担任は「高坂さん、君まで不登校になっては困る」と言った。それはどういう意味なのだろう、恐らく当時既に1人の不登校がクラスで出ていたこともあり、2人になったら先生の立場も危うくなる、という感じだったのだろう。先生の立場からすればクラスで2人も不登校が出ればというものはあったのではないか、だがそんなものは私には全く無関係。むしろそれをいじめ無くして「不登校になんてならないで」だったら本当に腹が立つ。そのようにも取れるが、私が望んでいたのはいじめがなくなってくれればそれでいいというものだった。だがそれも一筋縄ではいかないものだった。完全にいじめは無くなりはしなかったが、中学2年、3年になっても私をいじめていた奴らが私を見つけては誹謗中傷などは普通に続いた。それがクラスが違う人間であっても。

中学2年になってからは、同じクラスのある男子からしょっちゅうちょっかいを出されるようになり、心底気持ち悪いと思ったこともあった。そんな中学校2年生のある日、私はクラスの友人と日本史の宿題の話をしていて友人が分からないところを教えていた。教科書を開いてそして自身が板書したノートを友人に見せながら説明をしていた。ちょうどその時、同じクラスの不良の男子がいきなり私の髪を掴んで私を席から引き摺り下ろしたと思ったら、いきなり無言で私の右側の脛を思いっきり数回蹴り上げたのだ。私はあまりの激痛でその場にうずくまってしまい、その後のことはあまり覚えていないが友人数名がその加害者である不良男子を取り押さえていた。そして奴は職員室に連れて行かれ、私は別の友人に保健室に連れて行かれた。蹴られた場所は赤く腫れ上がっており、脚を動かすたびに激痛が走っていた。保健室の先生は病院に行くことを私に勧めてくれたが、私はそれを頑なに拒否した。というのもここでこれが両親に知れたらまた面倒なことになるだろうと思ったからだった。私も怒られるし(怒られなくとも両親の怒り狂う顔を見たくなかった)、それよりも母親が学校に怒鳴り込んでくることも想定できたから。ただ今思うと加害者は当時既に14歳だった。だから少年法を適用することも出来たはず、だったら当時の法律でも刑事事件として立件も可能だっただろう。警察に被害届を出さなかったことを今でも後悔している。この時私が親に全部話して警察に被害届を出していれば、加害者は間違いなく審判にかけられていただろう。そして場合によっては塀の中に。なのに私が選んだもの・・・「周囲が怖いから泣き寝入り」という情けないもの。

後にこの時の激痛は、実は陥没骨折だったことが判明する。それが自然治癒して私の骨には骨折の痕として残っていた。

 

成人してから膝を傷めて整形外科へ行った時の検査で判明したことだった。先生より

「骨折の痕がありますけど・・・、過去に骨折してますよね?」

と私に確認してきた。そして私は骨折して病院にかかったことは無いが、中学二年の時に・・・と前記の話をしたのだ。すると先生は

「なぜそんな事をされているのに相手を警察に突き出さなかったのか?立派な暴力事件だろう・・・。それにすぐに病院で治療しなかったことが信じられない。ずっと痛かったでしょう?」

と言っていた。先生は続けて私の脛のその凹んだ部分を指して

「ここを触ると・・・ほら、凹んでいるでしょう。これが陥没した部分」

と説明してくれた。無論今でもその患部はきれいに凹んでおり、外から触っただけでもすぐに分かるのだ。

加えてその加害者は私に以前からいろいろとしてきていたのだ。たとえば体育などで教室を離れた時に机の中のものを全部取り出してそこに教室の前の水道にあったクレンザーをかけて更に筆箱の中にクレンザーを大量に入れていたなど、本当に人間性を疑うことばかり。この件では一度学級で話し合いを持った。あまりにもひどい現状に私はもう耐えられなかったから。それと同じクラスの仲の良かった友人や他のクラスにいた私の友人たちが担任にちゃんと学級で話し合いをするべきと掛け合ってくれたのだ。その学級での話し合いは学級裁判のような状態になった。加害者であるその不良男子は「あいつ(私のこと)は演技をしている!今までも演技をしているくせに、人を悪く言いやがってむかつく」などと意味のわからない言い訳をしてきたのだ。挙句、私が奴に蹴られてケガをしたことも、机の中のものにいたずらされたことも自作自演だとでも言いたいのか、それすら演技だと言い放ったのだ。本当に腸が煮えくり返る思いだった。だが本当に奴は哀れだとしか言い様が無い。いかにも「喧嘩が強い奴が本当に強い」とでも思っている本当に弱い人間なんだな、と思えてきた。

 その後も面倒なことは多々あったが、友人の助けもあって何とか耐えられた。馬鹿は馬鹿だと割り切った。それに「部活に行きたいから学校へ行く」と考えるようにしたところ、不登校にならずに済んだ。

 

高校に入学してからはいじめは無かった。ただ、ほぼ女子高(私の在籍していたクラス43人中男子は10人のみ)ということもあり、自然と女子生徒の中にスクールカーストのような構図が出来上がり正直それすら面倒だと思っていた。さすがにいじめとは言いがたいものではあったが、クラスメイトの誰かが浮名を流そうものなら同クラスのスクールカースト上位の女子たちから寄ってたかって根掘り葉掘り話を訊かれ、彼女らからマスコミのように連日追い回されるという本当に面倒なことが付いて回ったものだ。私も何度も狙われた。高校2年のある日、同じ英会話スクールに通う進学校の男子と一緒にいたところを目撃されていたのだ。私はそんな事も露知らず翌日学校へ行って友達を何気ない話をしていたり、マンガの貸し借りをしていたところで、その一件を目撃したという女子数名が私の周りに集まってきて「高坂ー!あのさぁ、昨日○○高校の男子と一緒にいたでしょ?見ちゃったんだ・・・、っていうかアンタ達どんな関係?」「もしかして、付き合っているの?」など、本当に芸能人を追い回すマスコミのように私へ質問攻めをするのだ。当時私は彼とは付き合っているわけではなく、ただその日は英会話スクールで資格試験があったこともあり、偶然居合わせた彼と試験後にバッタリ会ったことも重なってスクール近くのカフェで試験の感想を話したり、スクールの宿題や課題の話をしていただけだった。それに私は彼に好意があったわけでもなく、信頼できる同期や同僚みたいな関係だと思っていた。ただ一緒にいただけで普通に噂になる、その噂に尾ひれが付いて出回る、勝手に私たちの関係が進展してしまうなど、本当に面倒だった。この彼とは後に付き合うことになるが、それはそれで私たち当事者同士よりも周りが面倒だった。付き合った途端にそれは周りが勝手に盛り上がる、行動を監視される、跡をつけられたこともあった。月曜日に学校へ行くと必ずと言っていいほどスクールカースト上位のクラスメイトたちから「週末は会っていたのか?」などというインタビューまで受ける始末。それからもっとひどいのが、他の学校の知り合いにまで話をもって行っては騒ぎ立てるなど、当の本人たちからすれば本当に迷惑極まりないものだった。結局彼とはこの周りの騒ぎの酷さにうんざりして別れることになってしまった。

恋愛話での周りの勝手な盛り上がりは決していじめではないだろうということを頭では理解できても、その話が過熱してしまい本人の知らないところで有りもしないような話に発展して冷やかされてしつこく追い回されることは結局いじめにも繋がりかねないだろうと私は未だにそう思う。

 

恋愛話に関しては本当に迷惑なものが続いていた。特に中学の頃は。

私は中学生当時親から既に恋愛禁止令を敷かれていた、理由は「恋愛ばかりしていたら受験に響くから(この理由自体問題だが・・・)」。恋愛禁止令をしかれなくても正直同じ中学に心を許すような男はいなかった。むしろ私にとっては恋愛対象外だった、というのも周りを見渡せば下品な男、ウ○コだのチ○コだのを連呼するような下劣でバカな男、しつこく女子に付きまとうしつこい不気味な男、自分たちと何かが違うとすぐに悪口を叩く女々しいバカ男、自分にただ酔っているだけのナルシスト、それ以外は不良ばかりだった。そんな周囲にげんなりする以前に「くだらない」とも思える。そんな男ばかりじゃ正直こちらも恋愛する気なんて起きない。むしろ付き合おうものなら自身の品位が下がるだろうと思ったぐらいだ。だから恋愛対象の男など本当に皆無、そんな私にある日突然色恋話が出てきてしまったのだ。

友人のアスカ(「友達選びは全てご自身の責任で行いましょう」参照)から突然「あのさー、私ちゃんって○組の○○と付き合ってるんだって?」と突然訊かれたのだ。私はそのアスカの言う男子のことは中学校1年の頃に同じクラスだった為に当然知っていたが、正直私の中では「嫌い」のカテゴリに分類されていた奴だった。それに親しく話しもしたことは無い。そんな関係なのになぜ色恋話に発展するのか?とわけが分からない状態になっていた。が、その翌日、アスカが勝手に学年中にその話を広げてしまったのだ。その後は暫く毎日が憂鬱だった。それに追い討ちをかけるようにアスカは「私が話を広めると、すぐに学年中に広がって面白い!」と人を小ばかにしたように話をするのだった。おかげで部活でも私生活でも私は本当にその場に居づらかった。そうこうしているうちにその噂もすぐに無くなったが、今度は同じクラスのある男子が私のことを好きだとアスカが勝手に話を広めてしまった。この男子は私に事あるごとにちょっかいを出してくるという面倒な男だったうえに顔も対してかっこいいわけでもないので眼中に無かった。それなのに、ちょっかいを出されていることをいいことにアスカは勝手に話を作り上げて噂話として広めてしまった。これはこれで本当に厄介だった。なぜ事実と違う話がこうして出来上がって勝手に広がる・・・、今考えても本当に不快である。当時のアスカは私という存在が本当に気に入らなかったのだろう。同じ部活に入部してきて顧問の先生や先輩に気に入られて、おまけに入部間もなくピアノの楽譜めくり(ピアノ伴奏は部長)という大役を任されたことやいきなりのオーディションでコンクールのレギュラーメンバーの座を勝ち取り、レギュラーメンバーに選出されたことへの嫉妬は少なからずともあったのだろう。だが嫉妬も時にはいじめに繋がる、その時そう感じた。

 

【参考】

いじめであっても場合により以下のような犯罪となりうることがある。

暴力をふるってケガを負わせた場合 → 傷害罪

暴力をふるった場合 → 暴行罪

怖がらせて言うことをきかせたり、金品を強要 →脅迫、強要、強要未遂罪

相手を脅して金品をせしめる、せしめようとする → 恐喝、恐喝未遂罪

人のものを奪ったり隠す → 窃盗罪および器物損壊罪

人前で馬鹿にする、侮辱する → 侮辱罪

相手に対してわいせつな行為をしたり、しようとする → 強制わいせつ、強制わいせつ未遂罪

相手を誹謗中傷して相手の名誉を傷つけた → 名誉毀損

相手を陥れるために嘘の告訴をした場合 → 虚偽告訴の罪

いじめ行為でPTSDになるまで精神的に追い込んだ場合 → 傷害罪が適用される可能性

上記の他暴力などにより人を殺せば殺人罪も適用される。