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Darkness world -ある捻くれ者のつぶやき-

高坂はる香です。私の幼少期からの出来事をエッセイ形式で書いていきます。(ちなみにこれは全て私の心理カウンセリングで使われたものです。虐待などの内容を含むため、閲覧にはご注意ください)

狂った人生

私は学生のうちに就活をしたことが無い。就活するチャンスすら与えられなかったのだ。それ以前に私は本当のところ、ずっと大学へ進学することを望んでいた。それも英文科か芸術系の大学、そう決めていた。

理由は言うまでもなく「英語の勉強がしたい。それか芸術の勉強をしてゲームを作る人かゲームやアニメのキャラクターを作る人になりたい。ここに英語もとなれば海外のゲーム会社にも!」と思っていたからだった。

そんな私に対して母はそれをずっと反対し続けており、大学に行くならと一流の国立大学へ私を入学させようと躍起になっていた。だが、所詮は商業高校。一流の大学へ進学するには本当に無理がある。芸術系に行くならと美大に入るための予備校も進路指導室を通して調べていた。そして英語に関しては両親から予備校代わりにと英会話スクールに通わせてもらえた。英会話についてはそのあたりから英語を通じて国際交流の機会も増えて、私自身この経験を活かした将来をと考えていた。

英文科の大学への進学や芸大への進学を何度も両親を説得した、だがそれでも母は私の意志などを完全に無視して私を一流の大学へ入れなきゃ!となっていた。正直あまりにも身勝手な母に私も当時の担任の先生もうんざりしていた。それと母は私を英文科にも芸術学部にも入れたくないと明言しており、経済学部や商学部などに入れようとしていた。だけど私はそんなものは勉強したいと思わず、やはり英文科や芸術系としか考えていなかった。三者面談の席でも母は私の意見など一切言わせまいと担任の先生に一方的に「経済学部か商学部のある大学に進学させる!」と息巻いていた。時には私が一言も話せずに母が私の進路を勝手に決めて話していたこともあった。言うまでなくそんな母に担任は呆れていた。そして私がそうではなく英文科へ行きたいと言っても母は「今のは寝言のようなもので、本当は・・・」と私の意見は言わせてもらえなかった。さすがに担任にもこの時は心配されて後日教室の外に呼び出されて「ちゃんと親には自分の意見は言うべき、聞いてくれなくてもちゃんと向き合うように」と言われたぐらいだった。これが高校1年生の頃の話。無論両親を説得しようと私は自分の意見は何度も言っていたし、自分の考える将来のビジョンも両親に話していた。だが両親、特に母は「そんな子供の言う事なんて、所詮は夢見る夢子さん的なもの」というようにしか捕らえてくれなかった。私が考える将来、それは母にとっては単なる無謀な夢でしかないのか?叶わぬ夢なの?ずっと悩んだ。大学へ進学するにしても母と私では意見がまったく違ってしまっている。無論母の考える私像はどう考えても無理がありすぎる、それに母は私のことを考えてとは言うものの、何か自分の理想を私に押し付けているようにしか思えない。その証拠に母は私の意見など聞かないのだ。そして頭ごなしに必ず否定するというもの。うんざりだった。

私は高校2年になり、いよいよ本格的に進路を決定するという時にまたしても母は一流大学へ私を入学させる!とまだ言って聞かない。ある三者面談でそんな母に幻滅して私はその席で泣いてしまったぐらいだ。母は相変わらず私の意見などは無視。母自身の意見が絶対だと信じてならなかった。この時実は学校側から英文化のある大学への進学を進められたばかりだった。そのこともあり、担任の先生は英文科の話を持ってきてくれたのだが、母は「英文科なんて大学を出ても何もならない!」「文系に進むのは自殺行為」などとここでも私の進路を頭ごなしに反対して母が思う進路にしようと必死になっていた。そして父親は?というと・・・。私たちの進路にはほぼ無関心で「とりあえず学年でいちばんの成績をとって大学にでも入れればいい」ぐらいに考えていたようだ。ここでも私の意見なんて聞かない。兄は兄で「大学に行きたいなら!」と何かと私の行動を監視するようになっていく、こんな家族じゃ私も勉強に身が入らない。母は「何としてでも一流の大学に入れる!」と躍起になり、父は反対に無関心。そして兄は過干渉・・・、勉強もしたくなくなるわけで、次第に私は学校の勉強もしなくなった。私には意見を言う権利も無いの?それともただ両親や兄の言うとおりに生きていればいいの?完全に自分自身を見失ってしまった。ここから私の人生は狂ってしまったのだと思う。

 

そんな中、高校2年の終わりになり母は両親の知人を「親族(叔母)」だと偽ってその知人のいる一流保険会社に私を入社させようと勝手に決めてしまったのだ。無論私がそれを望むことは無かった。母が思うに一流の大学がダメなら一流企業、何としてでもそこにねじ込みたい!というところだろう。母はその時本当に何を思ってそんな一流企業に私を無理にでもねじ込もうと思ったのだろか・・・。当事者である私は不快という以前に政略結婚をさせられるような恐怖すら感じた。まさにオーストリアとフランスの同盟を組むためにわが子をフランス王室に嫁がせたマリア・テレジアのごとく・・・。

そしてその席で母とその両親の知人の間で私が保険会社へ入社させるという話を合意してしまい、その数日後にその知人が見ている前で言うとおりに履歴書を書かされた。本当に憂鬱で仕方なかった。志望の動機も知人の言うとおりに書くようにされ、それ以外も知人の言うとおりにさせられた。いわゆる大手企業へ縁故入社させようという根回しだった。根回しさえすれば私は「大学へ行きたい、芸術系の勉強をしたい」などと言わなくなるとでも思ったのだろう。そこの保険会社は女子職員は独り暮らしは禁止という決まりがあり、それをいいことに私が「一人暮らししたい」なども言わなくなるだろうとでも思ったのだろう。

それからその1ヶ月ほど後に知人と共に会社へ出向いて入社試験を受けた。だが私たちの学校で習ったようなものではなく、明らかに私のレベルよりもその試験のレベルは高かった。中にはきちんと解けるものもあったのだが、正直その企業には入社したくなかったので名前だけを書いてほぼ白紙で提出した。私は「ここで試験をほぼ白紙の状態で提出して不採用となれば私の進むべき道に進める!この嘘だらけの就職、母もさすがに諦めてくれるだろう」と考えてのことだった。いうまでもなく結果は不採用・・・、のはずだったが、この時点で既に母もその知人も私を何としてでもそこの企業に就職させようと必死になっていた。特に母は「この会社に入れば私たちにもあんたの学校にも箔が付く」としきりに私に話す。箔が付く?正直当事者である私にとってはそんな事はどうでもよかったし、家や出身校に箔がついても私には何の恩恵もないのだからと思っていた。これだけじゃなく母は私の学校へ出向いて担任に会い、私の成績証明書の成績にゲタを履かせるように直談判までしていた。正直ここまでされると当事者である私が恥ずかしい。

母だけではなく、今度は両親揃って知人とともにそこに私を入社させようと更に必死になり、当時の支社長や総務部の課長に金品を渡したり接待をするなど徹底した根回しを行っていた。その後そこへ入社した際に私を見るや「君のご両親、知ってるよ?何度か一緒にお酒を飲んだりした・・・」と話す方(役職クラス)も多数存在した。けれど入社させるだけじゃなく、ここでもまた問題行動を母と知人は起こしている。そう、母も知人もここで私の履歴書に嘘を書いていたということ(知人を叔母と偽ったこと)を上層部に話してしまったのだ。知人曰くいずれはバレるからと。は?じゃあ私を一体何だと思っているのだ?私は単なる道具なのか?本当になめられているとしか思えない。そしてその後の支社長との面接の際にもその話を持ち出されて何も答えられなくなってしまった。結局大人たちの都合が悪くなれば突き落とされる、都合で振り回されるのはいつも子供、そして母と叔母に偽りの自分を作り上げられて政略結婚のようなことをさせられて・・・。

この一件があったおかげで私は正直その企業に居づらかった。その後何とか入社が決まった。だがその企業に入社した私、全くやる気を見せなかったうえに、何故ここに自分はいるんだろう?という疑問がずっとついて回った。 そんなやる気の無い私に誰も優しくしてくれるはずもなく、いつもぞんざいな扱いを受けていた。それと新人である以上、やはり宿命付けられたものはあった。デスクにいる間は自分がどれだけ忙しくても電話をすぐに取る、受付に客が来たらすぐに応対するなど。それだけではなく親睦会の幹事や労働組合の会合への出席など。先輩たちからはいつも「新人は○○しないといけない」と言われ続けた。だが私は「新人は○○しないといけない」というものを理解できずにいた。そもそもここは一般企業であって軍隊や体育会系でもなく強豪の運動部でもなんでもない。まさに「年功序列」や「昭和の企業色」、「社長様万歳」、「上司の命令は絶対」というものがそのまま企業体質に出ているものだった。だから新人は雑用をして当たり前、先輩たちの世話をするのが当たり前、親睦会や飲み会の幹事を引き受けるのは強制など。本当に眩暈がしたものだ。そして何よりも日常業務よりも嫌だと思ったのは親睦会関連。宴会の幹事をしないといけない、社員旅行へは必ず出席、その宴席での司会進行など。それからただ若いという理由から上司らからのセクハラやモラハラの対象にもなったし、無理矢理アルコール度数の強い酒を飲まされるなどというパワハラも普通にあった。私は当時未成年であって酒も本来なら飲めないはずなのに、無理矢理先輩や上司に飲まされて足元が覚束ないということもよくあった。時には急性アルコール中毒になりかけたこともあった。そももそ未成年はお酒を飲んではいけないなんて法律は子供でも知っているものだ、それでも上司たちは私にこぞって酒を飲ませるものだから本当に呆れる、それで悪酔いすることもしばしば。それから私は人前に出るのが好きではない性格であるのにも関わらず「新人でいちばん若い」という理由からカラオケをさせられる、コスプレなどの恥ずかしい格好をさせられるなど本当に憂鬱だった。ここでわざわざ言うまでもなく未成年に飲酒をさせるというのは立派な犯罪でもある。それを知っていて未成年だった私に酒を飲ませるとは、本当に許しがたい。私も黙ってそのまま従いたくない、そこで2年先に入社した先輩に相談するも、先輩もそれがここでは当たり前だし、大人の付き合いに酒は必ず付いて回るから諦めるしかないと答える。先輩からも私にとっては見当違いな回答しか得られなくて本当に苦しく思った。先輩はこういう現状を受け入れたのだろうか?それとも先輩や上司から酒を飲まされても平気なの?とも思った。そもそも「大人の付き合い」というものにはちゃんとした常識というルールが付いて回っているはずだ。無論それは法を犯すなど以ての外、というわけで未成年に新人だからと酒を飲ませるなど論外だ。だが、そんな法律違反も「大人の付き合い」という名の下で許せるものなのだろうか?法律は法律、くどいようだがそんな未成年に酒をのませてはならないなんて子供も分かる常識でもある。それだけじゃない、セクハラだって場合によっては触法行為になりうる。それも知らない悲しき大人たち・・・と幻滅した瞬間だった。 

そんな中、やりたくもない幹事として社員旅行に参加したのだ。周りは仲間同士でワイワイ朝から酒を飲んで大騒ぎをしている。その中で私は独り、むしろそうなることを望んでいた。ただでさえ神経をすり減らす組織の中で貴重な休日を使ってまで「新人だから」という理不尽な理由で参加しているのだからこれぐらいは認められて当然の権利であると思っていた。その社員旅行の行き先は箱根、はっきり言ってプライベートで来るんだったら何ら申し分の無い場所である。だがそんな雰囲気の場所であっても神経をすり減らす原因であるこの組織で来るのは本当に心底げんなりするものだった。観光は別にどうでもよかった。旅館の部屋割りは「とりあえずどこかに人数あわせで入れてもらった」感が否めない。が、別にこれもどうでもいい。問題は宴会・・・。こういう大人数で来る旅行となれば宴会場を貸しきっての宴会はもれなく付いてくるのだ。はっきり言ってこういう雰囲気、私は大嫌い。どんなに酒や料理が美味しくても、常に誰かに気を遣わなくてはならないから。しかも新人となれば料理云々よりも上司や先輩たちの席へ行き、お酌をするというのが通例であった。無論ここで体を触られるなどのセクハラも普通に起こりうる、と言いたいところだが、やはり起こってしまった。腰、尻など普通に触られたのだ。相手は良く知る相手でも酒が入っている、こうなったら女性の私は迂闊に手出しも出来ない・・・、本当に酷い状況である。とりあえずここでは敢えて私は嫌な顔ひとつせずに何とかお酌をして回っていたのだ。そして次の関門、それは余興。これも本当はいらないんじゃないの?と思えてしまうものだ。酔った人間が酔った勢いで歌って騒いでそれで・・・というものでしかなかったからだ。もう「お下劣」という単語がお似合いという雰囲気でしかない。酔った誰かが「脱ぐ」という事はなかったが、余興時のゲームで新聞紙をたたんで行き、そこにチームのメンバーが全員乗れなくなったら負けというものがあり、どう考えても「セクハラ目的じゃないの?」と言えるような下劣なものもあった。無論ここでも私は参加させられて、男性社員2人と私の3人という・・・何とも微妙なものだった。内心「うわぁ~、私の体がこのチームのメンバー誰かに触れるってことでしょう?気持ち悪い・・・」だった。ここでも同じチーム内で私が太っているというような意味合いの台詞も飛んだ。それを聞いて正直イライラが頂点だった。「どうしてこんなバカみたいなことをバカみたいにヘラヘラ笑ってやっているんだろう・・・」これが私の本心だった。

 情けないぐらいに酷い宴会が終わって各自部屋に戻るが、ここで付いてくるものはやはり「部屋飲み」なるもの。どこかの部屋に仲の良いメンバーが集まって飲みながらダベるというものである。これも正直苦痛でしかなかった。同じ部屋の先輩に連れられて若手の男性社員たちの部屋へ行き、そこで飲み直しという形になった。案の定そこの部屋の先輩たちはいい感じに出来上がっていた。そしてここでも例外なく先輩たちは私に酒を盛るのだ。ある意味密室で酒を盛られて・・・、そして私も酔ってしまう。本当に最悪だ。だが、実はここで私は酒に酔っていたわけではなく、泥酔したふりをしてみたのだ。これがなかなか面白い、特に既に酒が入って出来上がった先輩たちは私の悪戯に見事に引っかかっていたのだ。酔っているだけに先輩たちは正常な判断など出来ない。それを知った私はある男性の先輩に擦り寄って色仕掛けをして口説いてみた。すると見事に引っかかり、面白いぐらいに戸惑ってオロオロしていたのだ。周りは本当に酔った勢いだと思っていたようだが、私は決して酔ってそうしたわけではない。無論正常な判断が出来なくなるぐらい飲むはずもなく、先輩に勧められるままではなく酒を飲むことを自身でセーブしていた。正直酔ったふりでの口説きや色仕掛けの悪戯など私はどうでもよかった。その後に立つ噂も別にどうでもよかった、というのも酔った上に私に酒を盛って、私は未成年なのにと。正直未成年者を先輩達が面白がって酒を飲ませて泥酔させて・・・、となればこの組織はめちゃくちゃになるだろうと淡い期待をしていた。ここで思った、いくら普段話の通じる先輩であっても、やはり根はすでに会社の人間であったと。未成年であっても平気で酒を飲ませて無理なことまでさせる。たとえそれが黙認されたとしても・・・。本当に心底気分が悪くなった。

酒を飲んで酔ったとしても当たり前の考えを持っていれば未成年者に酒を飲ませるようなことなどするはずがない。そして未成年者に酒を飲ませる、未成年でも大人が勧めた酒は飲めという先輩たちに私は恐怖すら感じたのだ。私も新人という立場から断ろうとしてもそれは無理、ある意味不可抗力だった。だからこそ、分かりやすい方法で悪戯を仕掛けてめちゃくちゃにしてやろうと思いついたのかもしれない。無論この悪戯、いつの間にか私が悪者になってしまっていた。未成年と知っていながら酒を飲ませておいてこれは無いだろう・・・。いちばん歳の近い先輩ですら「もっと先輩を立てておくべき。未成年でも先輩の勧めた酒は飲むべき、けど酔うな!」と結局誰一人私の味方などしなかった。けれど常識というものをねじ伏せている輩だと私はそれに動じることもなかった。むしろ自分たちのことを棚に上げて何を言う!というぐらいにとどめて心の中でほくそ笑んでおいた。 

社員旅行の後は今度は忘年会。ここでもまたやりたくもない幹事をしなくてはならない。この時のことははっきり言ってあまり覚えていない。自分自身がいちばん混沌とした状況にいて会社を辞めようか本気で悩んでいた時期だったからだ。

 

 そして春になった。そんな入社2年目のある時、当時の支社長の一声で花見をすることになった。というのも私のいた保険会社の支社は桜の名所である城のお堀の目の前にあるのだ。そこで同じビル内の休憩室からでも夜桜は満喫できるでしょう!ということで実現した。そしてここでもいちばん若い私は欠席など認められるはずもなく、その席上でも上司たちから無理矢理日本酒を何杯も飲まされて見事に潰れてしまい、翌日は二日酔いでずっと頭痛と吐き気に見舞われながらも仕事をしていた。同期の男性社員(こちらは未成年ではない)も二日酔いで潰れてしまった。だが私に酒を飲ませた張本人の上司たちは何も無かったかのように接しているだけだった。しまいには私が二日酔いだと分かると「やだなー、さすがに飲ませすぎたかなぁ?まさか二日酔いだなんてねー。ま、仕事はきっちりね!」などと無神経に言い放つだけだった。上司に対して殺意が沸いたことはいうまでもない。花見の後、フラフラになりながら私は駅まで歩いて行き、終電で帰宅したのだ。フラフラだったってことも知っているのに「はいお疲れさんねー」というようなノリで帰されたのだ。今考えると恐ろしい・・・ 「未成年に酒」だけではく、この組織内では完璧なまでの縦社会が出来上がっており、それをいつでも体感することが出来たのだ。やはり先輩や上司の言う事は絶対であり、新人はそれを必ず聞き入れないといけない、先輩や支社長などの重役を崇拝するかのような構造、そして新人でも中堅でもある程度仕事ができる人だったり周りの人と少し違う場合などは先輩たちからの酷いいじめに遭うなども日常茶飯事だった。そして先輩たちからの口癖、「新人でしょ?」「新人のくせに」など、どの理由もただ「新人」だからと言いたいだけで中身が無くて本当にバカらしいとしか思えない。確かに新人が・・・と言ってしまえばそれまでだが、女性の先輩たちからの新人しごきは本当に酷かったのだ。

 私のいた職場は女性ばかりの職場であった為、若い社員に対しての嫌がらせが常に横行していた。嫌がらせを受けないために必死に派閥のリーダー格の社員やお局様に取り入る社員も普通に存在していた。中にはやさしい先輩もいたが、やはり殆どは嫌がらせありきのとんでもない社員ばかりだった。今思うと縦社会の中で普通に仕事をしている人たちだけに、それがスタンダードになってしまっているのだ。だから私が何か行動を起こしたところでその「スタンダード」が変わるわけでもなく、寧ろ私が異端児扱いをされて嫌がらせやいじめは更にエスカレートするのも目に見えていた。お局様の中でも私がどうしても懐くことが出来なかった人がいる。その人は会計担当の当時20代後半の女性。見た目もドスの効いた雰囲気、まさに元スケ番か?!といえるような雰囲気だった。口調も常にべらんめえ口調というのか、現役のヤンキーなのか?と思えるほど聞いていて怖くなる話し方であり、性格も恐ろしいほど短気で怒ると相手を普通に怒鳴りつけるなどそういうことも日常茶飯事であったため、私はその女性を好きになることはなかった。無論私は何度もその先輩に怒鳴りつけられて説教もされた。そして酷い場合は昼休みにいきなり怒鳴りつけられることもあった。もう本当に勘弁してほしい、そう思うようになっていた。先輩本人には悪いが「はぁ、顔も悪ければ口も態度も悪い。これだからこの人はこの歳まで嫁の貰い手が無いのか・・・。期待しても、そんなの今後も無いだろうね」と思うようにしていたら、気が楽になったのも事実だ。ちなみに後述の私の異動先の上司ですらその先輩を「あいつは心の中、虫喰ってるのか?それかゴキブリでも腹の中で飼っているのか?はぁ、それにしてもあんな口調だったりあんな態度でさぁ。あれでも女かよ!」とぼやいていたぐらいだったから驚きだ。見た目がいかついその上司から見てもそうにしか写らないその先輩、それだけ恐ろしくて誰も寄せ付けない何かがあるのだろう。それ以前にどの同僚でも皆彼女に逆らうことは無かった。言うならばこの先輩がもっと物腰の柔らかい態度で誰にでも分け隔てなくというのであれば、話は別である。それで仕事が出来て、仕事に厳しい方なのだとしたらこんなにボロクソ言われなくてもいい存在だったのかもしれない。