Darkness world -ある捻くれ者のつぶやき-

高坂はる香です。私の幼少期からの出来事をエッセイ形式で書いていきます。(ちなみにこれは全て私の心理カウンセリングで使われたものです。虐待などの内容を含むため、閲覧にはご注意ください)

最低。ああ、嘘って最低だ・・・

つい数日前、我が家ではささやかながらのバレンタインデー・・・というわけで家族とチョコレートを食べていた。息子には某猫型ロボットのを、旦那にはマトリョーシカのデザインのをプレゼントした。

ま、どちらも可愛いものは好きなので選ぶのにはそんなに苦労しない。息子に限っては単純で、その時ハマっているキャラクターもので何ら問題は無い。

 

さて、今回ここに書くテーマは・・・「バレンタインデー」の話である。

私にはこの日にはとても嫌な思い出がある。そう、それと同時に「言葉は時として凶器にもなる」と実感した出来事だ。

 

今でも許せない、小学五年生のバレンタインデーの数日後の話。

ちょうど時期的にインフルエンザが流行る時期であり、私はバレンタインデー付近は見事にインフルエンザウイルスに感染して一週間ほど学校を出席停止となり休んでいた。その間クラスメイトにも会えず、とりあえずテレビと漫画が私の楽しみだった。けれど当時特効薬なるものが無く、自然に熱が下がるのを待つのみで夕方になると熱が出るなど、そういう症状が数日続くというそれは拷問か!と思えるものであった。結局学校に復帰できたのは二月の終わりごろになってしまったのだ。だから二月の中旬から下旬まで学校にいるはずがないのに、ある嘘の話がクラス中で広がっていたことはその時の私はまだ知る由もなかった。

 

学校へ復帰した日の朝。

エリと一緒に学校へ行った。教室に入るや則子やマミや士郎が私を見て笑う。

あっこちゃんに限っては部活の朝練に出ていたこともあって、その日の朝の登校は別だったからその場に彼女はいなかった。

私は「何を笑うの?何がおかしいの?」と則子らに言った。

すると則子らは

「あんたさぁ、士郎にバレンタインチョコあげたんでしょ?それもさぁ、溶けかかったやつで新聞紙に包んで渡したんでしょ~?あははは!」

エリ曰く、私のいないところでバレンタインデーの翌日からそういう話が出てきていたらしい。そしてエリもその話を信じたそうな、というのも士郎本人がクラスメイトの前でその話をしたからだった。どうやら最初はゴミを渡されたとも言っていたそうだ。ゴミから今度は新聞紙に包んだチョコを渡したとか、どう考えても不完全でお話にならないレベルである。更に言うなら私はこの日インフルエンザで学校には来れていなかったし、その状態でよその家になんて行けるはずもない。加えて熱だって出ているのに外を出歩けるわけがない、そんなこと五年生にもなれば分かるだろう。それも分からずそういう話を真に受けること自体今思うと真性の大馬鹿である。無知にも程がある・・・。

それにたとえ私がインフルで休んでいるのにと分かっているのに、その士郎の話を信じたうえでからかったとなれば、まさにいじめであり悪意のあることだろう。

 

私が士郎に新聞紙チョコを渡した話はすでに学年中に広がっていたのだ。

もう本当に誰も信じることなんてできないとまで思った。当時の小学校は2クラスしかないのでひとつの話は嘘であってもすぐに広がってしまうのだ。そして廊下を歩いていてもどこに行ってもすぐに後ろ指をさされて笑われる。私は知らないうちに笑いものになってしまっていたのだ。

本当に学校に居づらい状態、針の筵でしかなかった。学校じゅうの笑いものも同然だろう、いろいろなことを考えた。しまいにはエリやあっこちゃんもその話を信じたというのだから、私は本当に誰も信じることが出来ないという気持ちになっていった。そしてその数日後にはエリもあっこちゃんも私から離れてしまった。そう、私はひとりぼっちになってしまった。

ひとりぼっちになってしまったうえにどこを歩いていても笑われる。「新聞紙に包んだチョコあげた人」という変なあだ名がついたりもしたし、挙句大の仲良しだったエリやあっこちゃんには「あんたといると、私もいじめられるから」という辛辣な台詞を吐かれてしまった。もう泣いても泣いても悲しさが晴れることなんてない!そういう気持ちが自身を支配してしまっていた。そして次第に学校にも行かない日も出てくるようになり、学校に行っても保健室登校をしばらく続けていた。

そんなある日、保健室でひとり考え事をしていて先生が声をかけても私は反応せず、そのままぼーっと一日を過ごす日が増えた。もう誰にも会いたくない、誰も本当のことなんて信じてくれない、これっていじめ?人をいじめて何が楽しいの?何が面白いの?私が何をしたっていうの?そんな好きでもない人にチョコなんて渡していないし、そもそもその日はインフルエンザで学校を休んでいたのに・・・わざわざ家を抜け出してチョコを渡すなんで出来るわけないじゃない!こっちは熱で苦しんでいたっていうのに。それに言うまでもなく私は士郎なんて好きじゃないし、好きな男の子なんていなかった。それなのに・・・

その思いだけがずっと頭の中をぐるぐる回る。気が付いたら私は自殺を考えるようになっていた。「もう死にたい」という思いしか自分の気持ちには無かったのだ。すでに私はその時点で親も心配するぐらいに無気力になってしまっていた。親にも言えない、先生にも相談できない、どうしよう、やっぱり死ぬことしか逃げる道は無いの?・・・死ぬしかない・・・。きっとそういう流れだったのだろう。そのあたりに死ぬことばかりを考えるようになっていた私のその気持ちを思いとどまらせる事が起きた。

学校を休んでいた私のところに、エリとあっこちゃんが家に訪ねてきた。母が彼女らを家にあげて、リビングに通した。そこに私が出ていく。

私は一体どういうことなの?といった雰囲気だった。何かたずねようとしたとき、エリが

「・・・ごめんなさい。はる香ちゃんのこと、信じてあげたかったんだけど・・・私いじめられるのが怖くてそれで・・・。あっこにも怒られて・・・本当にごめんなさい!!」

続けてあっこちゃんも

「私もごめんなさい。士郎やマミに『あんたらも士郎を信じるんでしょ?信じないっていうなら殺すよ?』って言われて信じるしかなかったの・・・だから・・・。それにこれ、あいつらクラスの女子全員に言ったんだよ・・・」

と泣きながら言った。あっこちゃんに限っては本当に怖くなったようだった。基本彼女は人に流されるような性格ではなく、ゴーイングマイウェイというような性格の持ち主だってことは長い付き合いで私は知っていた。けれどエリの方は本当にそれを信じていたというもんだから恐ろしくなった。エリはあっこちゃんとは真逆ですぐに人に流されるし、誰かが言ったことはそのまま信じ込んでしまう性格である。おまけにだいぶ甘やかされて育ったせいか、わがままがひどいのだ。だから正直エリが謝罪したことについては信じがたいとも思えてしまったが、あっこちゃんがエリを説教して正したということも後に聞かされて私も納得できたのだ。

その場には私の母もいたこともあり、エリとあっこちゃんが事情を説明しこの事件はいったん収束したのだ。だが、それでも私の心の傷は消えない。きっと一生消えることなんてないと思う。

 

ひとりの嘘で別のひとりの人生が変わってしまう。不幸になってしまう。

言葉は時として凶器となる・・・そのいい例だ。

私は今でもきつい物言いをすることがある、しかし言葉を大事に思う気持ちは変わらない。だからいくら嫌いな相手がいたとしてもそんな嘘を吹き込んでまで陥れるなんてしようとは思わない。せいぜい相手にしないぐらいにしている。それに嫌いな人にわざわざその人の悪口を言ってきたり嘘を吹き込んでまでして陥れて、その姿を見て喜んでいる人間なんて本当に哀れとしか言いようがない。

そもそも言葉ひとつで人の人生を変えてしまうこともある、言葉ひとつで人を殺める、死に追いやることだってできる、言葉ひとつで社会的地位を無くすことだってできる、無論それはいつか何倍にもなってブーメランのように自分に返ってくるだろう。

他人にだけじゃない、言葉というのは自分自身の信用を無くすことだって自分自身を死においやることだって可能なのだ。だからこそ言葉は大事にしてほしい。