Darkness world -ある捻くれ者のつぶやき-

高坂はる香です。私の幼少期からの出来事をエッセイ形式で書いていきます。(ちなみにこれは全て私の心理カウンセリングで使われたものです。虐待などの内容を含むため、閲覧にはご注意ください)

えこひいき、からの復讐劇。そして報復

小学校4年生の頃の担任の話である。

40代中盤ほどの女性教諭が私たちのクラス担任になった。私はこの教諭(以下吉本先生)を最後まで好きになれなかった。というのも「勉強が出来る子」だけをえこひいきしており、勉強が出来れば何をしてもいいというスタンスの持ち主だったから。その「勉強が出来れば何をしてもいい」というのは人に迷惑をかける悪いことでも彼女は許していた。

最初の頃こそ私は吉本先生を嫌うことなど無かったが、彼女は徐々に勉強が出来るクラスメイトをひいきするようになり、彼らがどんなに威張り散らしても何をしても「この子はそんな悪いことするはずがない!」などとなっていた為、私らクラスの児童は吉本先生を嫌がるようになった。そして吉本からひいきされていた児童はクラスの中で常に王様、女王様気取り。見ていて気分がいいはずがないのだ。

そんなある日、学級会でクラスの学級委員長も副委員長を決めることになった。うちの学校では4年生から学級委員長と副委員長を一人ずつクラスに置くことになっていた。そこで学級会を開いて決めようという話になっていたはずなのだが、ここでも吉本の独断で委員長も副委員長も決まってしまった。ちなみに吉本が委員長に指名したのはキミアキ君という男子(「友達選びは全てご自身の責任で行いましょう」参照)、そして副委員長に指名したのが幸子(「いじめ」の項目を参照)だった。確かにキミアキ君も幸子も勉強は出来る。が、私はどちらも好きではなかった。というのもどちらも平気で人を見下したり嫌がらせをするなど性格が悪いから。正直予想は出来ていたが、いざ吉本の独断で決定となると余計にストレスだった。

 吉本はある意味クラス内では女帝のような雰囲気だった。常にひいきをする、勉強が苦手な子や成績のよくない子に対しては理不尽なまでに厳しく接するのだ。あとはいじめなどクラスの調和を乱す児童に対しては容赦なく厳しい、これは当たり前だが…

 

学習発表会の時期になり、私たちの学年でも劇をやることになり配役を決めることになった。

劇は「野口英世」。幼少期から医者になるまでを学年で演じるというものだ。当時の4年生のクラスは2クラス、隣のクラスの担任は教諭になって二年目という若い女性の先生だったせいか、配役はほとんど吉本が決めていた。最初は児童らにやりたい役を聞いた。そこで役ごとに吉本によってオーディションが行われた。私は清作の姉役に立候補していたのだが、そこには吉本から直接ひいきをされているわけではないが、隣のクラスの優花(「いじめ」の項目参照)もいた。優花は4年生になっても担任から気に入られている存在であり、やはり隣のクラスでも相変わらず女王様気取りだった。他には当時隣のクラスだったマミ(「いじめ」の項目参照)も立候補しており、彼女らの他にも数名が立候補していた。実はマミもこの時点で既に担任に媚を売っているような存在であり、オーディションはやったものの結局清作の姉役はマミに決定した。そして清作の母役は立候補していなかったにも関わらず、優花に決まった。

落選したので、私は次に村人役に立候補をした。やはり舞台に上がる役をやりたい、当時の私はそう思っていた。だが、そこで吉本は私に「高坂さんはとても声が大きいので、村人役は向いてないと思うの。村人役は台詞なんて無いし、だからあなたは呼びかけをやってほしいんだ」と。その一言で私はやりたくなかった呼びかけに回されてしまった。無論私の了解など無しで。ちなみに呼びかけとは劇の進行役のようなもので、オーディションに落ちた児童らが大人数で行うものであった。呼びかけも確かに大事な役なのかもしれないが、私はやはり舞台に上がる役をやりたかった。それだけではなく、幸子も呼びかけになり、吉本から「みんなのまとめ役」を任されたために幸子は練習の時も常に練習を仕切っていた。

この劇は清作が囲炉裏に落ちて手を火傷する、小学校に入った清作がいじめに遭う、清作が宿屋の大吉らと学校をサボる、学校をサボった事が母親にバレる、呼びかけの進行の下清作が医者になるまでの話をするという順番で構成されていた。無論シーンごとに配役も違う児童に割り当てられるのだが、言うまでもなく隣のクラスの担任は空気同然、吉本が全て仕切って配役を決めてしまったのだ。そしてこのやり方にクラスメイト達の不満も爆発しないはずがなかった。吉本がいない場所では「絶対えこひいきに決まってる」「何であいつが?」「主役級の役は吉本からひいきされてる奴か隣のクラスで先生に媚を売っているような奴ばっかじゃん!」などと子供達から文句が出始めていた。

そんな中、台詞のある最後のシーンである清作が学校をサボった事が母親にバレるという場面で清作役を吉本から指名されたのは、クラスのいじめっ子である関根君だった。彼は自分よりも弱い立場の子を見るとすぐに暴力を奮うなどのいじめをしていたこともあり、クラスメイトたちからは吉本の一言に不満が噴出した。

次々と不満を口にする子供達、吉本も困惑していた。私も不満を口にした。そして一人ずつ挙手をしては「その役は関根君には相応しくありません」「私は反対です」「関根君はいじめっ子だからその役はやってほしくない」と反対意見を述べ、関根君が清作役をやることに反対したのだ。そこで吉本もさすがに関根君が清作役をすることを撤回するかと思いきや、泣き落とし同然にクラスメイト達を説得し始めた。

吉本は「関根君は確かにいじめっ子。だけどこういう役をやることでいじめをしなくなると思うの、だからこれは関根君にしてもらえない?」と言う、クラスメイト達の不満は残る形になったがほぼ強引に清作役は関根君に決定となった。決定事項であってもやはり児童らからは次々と不満は出てくる。「何で関根なんだよ」「あいつの親がPTAにいるからじゃねぇの?」「あーくだらねー」など、毎日のように聞いていた。

それをよそに練習は進んでいく。

そして体育館での通し稽古の時、私はこう思った。

「うわぁー、リアルいじめっ子が逆の役ですか・・・。滑稽だわ」と。これがリアルに起きてくれたらと願うばかりだった。関根君はなぜか幼稚園児の頃から誰かをいじめては喜んでいるタイプであり、まさにジャイアンのような奴だった。ただジャイアンと違うのは、いざという時に誰かを守ってくれるような場面がない事。ある意味ジャイアンよりも強いジャイアニズム精神の持ち主だった。そして自身の悪事を咎められても言い訳をしたうえに被害者に責任を無理やりなすりつけて逃げるという酷いやり方を堂々としていた。そのため、同じように常に悪い事をしている男子数名ぐらいしか友達はおらず、クラスメイトたちからは嫌われていた。本当に最低な男だ。無論私も被害を受けていた。ある日、関根君に思いっきり蹴られて脚にあざができてしまったのだ。それは明らかに関根君にやられたのだが、それを親経由で先生に言ったのだが、先生が介入するや彼は「俺だって高坂に叩かれてあざが出来た。だから俺は悪くない」と開き直る始末、タチが悪い。私以外にもそういう女子は多数いた。それに弱者には威張り散らす、理不尽なことをするなど、悪評高いものだった。そして関根君のせいで学校に来る事ができなくなった女子もいたぐらいだった。そのために、ずっと子供たちの不満は残った。

けれど教師である吉本らは学習発表会の劇の仕上がりに大満足だった。某ドラマの「あんたたち、やったわよ!」みたいな雰囲気だった事は今でも忘れない。それと裏腹に児童らの呆れた表情、それも忘れない。

 

それから時が過ぎて私たちは5年生になった。さすがにもう吉本が担任になることは無いだろうと思っていた。だが彼女は5年生の担任に持ち上がった。運良く私はエリとあっこちゃんと共に吉本のクラスになることはなかった。心底嬉しかった。

その後も吉本のクラスにいる友人から彼女の傍若無人っぷりを聞く事ができていたので、相変わらずなんだなぁとは思っていた。やはり吉本のクラスではそのクラスの児童であるキミアキ君と優花はご贔屓筋だった。簡単に想像できることであっても、やっぱりねと落胆した。彼女はなにも変わっていなかったからだ。無論吉本のクラスの友人らからは「何だかね、何をしてもキミアキ君か優花にばっかり優しくしてんだよ。宿題だって無茶苦茶な物しか出さないし」と不満の声すら出ていた。

そんな中、吉本にあるあだ名がつき始めた。それは・・・「ビチ子」というもの。

あまり言いたく無いのだが、吉本は常に厚化粧をしているのだ。正直特殊メイクか?と言いたくなるぐらい、笑うとファンデーションがボロっと落ちるんじゃないかってぐらいにビチっと化粧をしているのだ。そして化粧品の臭いを毎日プンプンさせて授業をしているのだから、そういうあだ名がつくのも無理はない。その日から私たち児童らはクラス関係なく彼女を「ビチ子」と呼ぶようになった。

後に知ったのだが、ビチ子というあだ名が存在したのは私たちが5年生になる前からだったそうだ。どうやら私たちが4年生の頃の後半には既に上級生の間ではそのあだ名で呼ばれていたそうだ。誰が見ても、吉本は化粧がビチってるというぐらいに厚化粧、ということだったのだろう。実は私も初対面で吉本はとんでもない厚化粧だなと思ったぐらいだった。まさに仮面でも着けているのか?というぐらいに肌は白く塗られており、アイラインはビシッと引かれていて、口紅も不自然に赤い。それと明らかに首と顔の色が違う、ツートンカラーが成立してしまうぐらいに不自然なのだ。彼女の皮膚は皮膚呼吸が出来ていたのか?と今は思えてしまう。そして化粧を落としたらきっと違う顔なのだろうと当時から思ってしまったぐらいだ。それでも性格がよくて、児童らに対しても分け隔てなく接しているのであれば児童らから変なあだ名で呼ばれることもきっとなかったのだろう。

彼女も実は黙っていなかった。

5年生になれば私たちの学校では宿泊訓練と言ってスキー教室に泊りがけで行くことになっていた。そこで事件が起きた。

宿泊訓練の2日目、吉本のクラスの男子がいる部屋にてその日1日の準備をしていた時だった。男児らでビチ子がさぁー、などと吉本に対しての不満を口にしていた。そこに偶然吉本が通り掛かりその男児らの部屋に入ってきてしまったのだ。しかも運悪く、吉本の贔屓筋であるキミアキ君もその班にいたのだ。そう、キミアキ君も吉本をビチ子と呼んでいたのだ。吉本はショックだっただろう・・・

彼女はキミアキ君たちに

「お前たち、ビチ子って誰のことだ?ビチ子は美人なのか?」

と問い詰めた。キミアキ君たちはバツが悪そうにだんまりしていたが、吉本は続けて

「森田(キミアキの苗字)くん、誰のことなんだか答えなさい」

とキミアキ君に詰め寄った。そしてキミアキ君は重い口を開き・・・

「せ、先生のことです。吉本先生のことです・・・」

と言わざるを得なくなってしまった。すると吉本は

「何?!先生のことか?」

と落胆した。そして泣き崩れた。吉本にとってはこれはショックだったのだろう。それは理解できる。しかしこうなったのも吉本の態度が気に入らない児童らが多数いたことにもよることであるので、彼女の自業自得であるのは明白だ。

しかし彼女も児童らへのペナルティを課さないはずもなく、宿泊訓練から帰った後に吉本のクラスの児童に限定し、反省文を書かせていたのだ。

当時吉本のクラスにいたアスカに聞いた話なのだが、彼女曰く「宿泊訓練から帰った翌日に吉本が帰りのホームルームにて『先生をビチ子と言ったことがある人は残りなさい』と言って居残りをさせられて、原稿用紙3枚に反省文を書かされた」とのことだった。アスカもそこに残らされて反省文を書かされたうちの1人だった。ここでも傍若無人で理不尽である、吉本のクラスの児童じゃなくてもそう思ったぐらいだ。話し合いもせず、一方的に居残りをさせて反省文なんてと・・・そう思った子供たちは多かっただろう。ついでに吉本はそういうあだ名をつけられるようなことをしたことに気づいていたのだろうか。これで知らないふりをしていた、先生は偉いと勘違いしていたのだったら救いようはない。