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Darkness world -ある捻くれ者のつぶやき-

高坂はる香です。私の幼少期からの出来事をエッセイ形式で書いていきます。(ちなみにこれは全て私の心理カウンセリングで使われたものです。虐待などの内容を含むため、閲覧にはご注意ください)

要らぬ新年のご挨拶

年賀状、それは普段お世話になっている方々への感謝の気持ちと今年もどうぞよろしくという挨拶のようなものだと私は考える。むろんそれは幼き日に両親から教えられたことでもある。あんなにとんでもない考えの両親でも、このようなことは厳しく教えてくれた。その点は感謝している。

 

私自身も両親の教えどおり年賀状を親しくしている友人や仲間に送るのだ。それは小学校に入った年から毎年行っている。小学校、中学校、高校となれば本当に自分と仲の良い友達がメインで担任の先生やお気に入りの先生などもそこに加わる。それだけじゃなく人によっては塾の先生などにも年賀状を出すこともあるだろう。かくいう私は小学校4年生からは通っていたそろばん塾の先生にも出すようにしていた。そんなわけでやはり共通するのは「年賀状を出すのは本当に親しい友人や良くしてくれる人たち」なのだ。この考えは今でも変わることがない。

 

そんな小学校6年生の頃の話だが、これだけはどんなに忘れようとしても忘れられない1通の年賀状があった。

私はその年の年末に母に「あんたの分のハガキ、何枚必要か教えて!お母さん年賀はがき買ってくるから」と言われており、学校から配られたクラスメイトの名簿を見て出す人出さない人と選別をしていた。これ以外にも他のクラスに在籍していたアスカやあやぽんにも出すことは決めていたので、選んだクラスメイトプラスほかのクラスの友達数名という感じになるのだ。そこにそろばん塾の先生なども加える。その結果だいたいいつも15枚から20枚は出していた。そして算出された枚数を母に申告してハガキを買ってきてもらうようになるのだ。

さて、私が選んだクラスメイト。ここには無論いつも一緒に遊ぶエリやあっこちゃんがまず出てくる。そしてその次に親しい友達が数名、担任の先生と続き、ここに他のクラスの友人であるアスカやあやぽんが加わる。これで学校関係者は終わり。そして更にそろばん塾の先生が加わるのだ。そして母からハガキを受け取り、思いのまま年賀状を作っていく。私は毎回この作業が楽しくてたまらない。むしろ年中行事の中でいちばん好きな作業なのだ。カラーペンやカラフルなシールを手元に置いて、イラスト図案集やアニメキャラのハンコも手元に置く、そして楽しくデザインしていって完成させるのだ。当時はパソコン等無い時代であり、人によってはプリントゴッコなどを使う場合もあったが、我が家にはそんな小洒落た代物などあるわけもなく、ひたすら手書きで全部仕上げていくのだ。だがそれも子供心ながらに楽しくてわくわくするものでもあった。だからこそ、本当に心から大好きな友達や仲間に送りたい、そう考えている。

そんな楽しい気持ちで作成された年賀状、このまま家族のものとともに郵便ポストに投函される。ここでもまたわくわくするものである。それは、楽しく作った年賀状が大好きな友達の手に渡ることがこの時点ですでに楽しみになるからだ。

 

だが、年が明けて私は心底幻滅するのだった。

年は明けて1月1日。

郵便屋さんに配達された年賀状を母が持ってくる。そしてその中から私宛のものを母が私に差し出す。それを受け取る私。エリやあっこちゃんからも届いている。エリからの年賀状は親御さんが印刷所に頼んだようなデザインのものであるが、本人からの直筆のメッセージが書かれていた。そして可愛いシールも貼られている。これだけでほっこりしたのだ。次に手に取ったのはあっこちゃんからの年賀状。可愛いキャラクターものが好きな彼女だけに年賀はがきのデザインも彼女の大好きなキャラクターで統一されていた。そしてエリと同様に本人の直筆メッセージが書かれていた。どちらも共通するものは「今年は小学校卒業だね、いっぱい遊ぼうね!」などというようなこちらが読んでいて嬉しくなる一言だった。

続いてアスカからの年賀状、こちらもアスカらしく一生懸命ペンで描いた少女漫画のキャラクターがあった。そしてメッセージには「これからもずっと仲良くしてね。結婚式もお葬式も呼んでねー!」という笑える一文が。お葬式という単語が良くないとされるだろう、だが私はお葬式にも呼んでねというアスカの一言、それは彼女なりに大切な友達に送る大切なメッセージであるとわかっていたのだ。というのも私は彼女のメッセージを「お葬式まで付き合える大切な仲間」と解釈した。それは死ぬまで大切な友達だよというものだろう。私は心の中で「ああ、呼んでやるよ!どっちも呼んであげる!」とつぶやいた。他にも数名の友達が続く。

 

そしていよいよ最後の一枚・・・。

差出人の名前を見ると・・・、そこには私が送った覚えのない名前があった。この年賀状は朝子からだった。本当に驚いた。正直彼女とは意見が合うことすらなく、性格の悪い彼女を私は友達だと思うはずもない、そのような背景から言うまでもなく私からの年賀状は出していない。正直彼女のためにハガキ代すらもったいなく思うのが本音だった。たとえ10円でも50円でも、朝子のためになんて払いたくない。今まで彼女は私にさんざん意地悪をしてきたうえに私の私物を盗んで何食わぬ顔をしていたこともあり、更には私に向かって「死ね」とまで言ったからだ。そんな人に簡単に「死ね」などと言う奴など私の友達ではない。同じクラスというだけで仕方なくクラスメイトしてあげているだけである。そんな朝子からの年賀状・・・果たして何が書いてあるのか。

 

裏面を見た私は唖然とした。朝子からの年賀状、そこに書かれていたもの・・・

「汚くてごめんね!」

その一文の添えられたハガキには、明らかにスタンプを押し間違えたかのように何度もブレて押してあるスタンプ。そしてインクでシミだらけになって、もはや何が書かれているかすら良く分からない「書き損じ」と思われるハガキだった。「ぐちゃぐちゃ」「単なる落書き」という表現がぴったりだった。

わざわざそんな年賀状を私に送り付けるその神経、いまだに理解できるものではないのは言うまでもない。年賀状も決してタダで送れるものではないのは彼女も知っているはず、それなのに書き損じたハガキをわざわざ私に送り付けるなど、正直悪質な嫌がらせとしか思えずハガキを見て私は送り主の朝子に対して強い殺意が沸いた。怒りも呆れも通り越して、その感情が「殺意」になる瞬間を初めて実感した。それと同時にお金を出してまで人に嫌がらせともとれる行動をする朝子を心底哀れに思った。本当に新年から嫌な思いをしたものだ。

 

今思うとおそらく朝子は私に書き損じたハガキを送り付けて、新学期が始まってからわざと私に「年賀状送ったんだから感謝しなさいよ!送ってあげたんだから!」とでも言おうとしていたのだろう。その予感は新学期になって見事的中した。

 

新学期になり学校に登校した私、教室には朝子と則子、そしてマミがいた。正直厄介な連中であったので私は挨拶すらせず無視をした。そしてその後ろにいた私と実際に仲の良い真琴と明奈とさくらに大きめな声で「おはようっ!元気だった?」と声をかけた。そこで彼女らと楽しい世間話や年賀状ありがとうね!というような会話が始まった。至って当たり前な光景だった。だが、それはその数分後に朝子らに見事に壊されるのだった。

私は明奈と冬休みの出来事の話をしていた。それを脇で聞く真琴とさくら、そしてエリとあっこちゃんもその場にいた。私は親戚の家に行った話をして、真琴はディズニーランドへ行った話をしていた。エリは家に親戚がたくさん来て楽しかったなど本当にほんわかするものだった。そこにズカズカと入り込んできたのは朝子だった。開口一番に彼女は私に得意げにこう言った。

 

「年賀状さぁ、私あんたに送ったでしょ?届いた?わざわざ送ってあげたの、だからここでありがとうって言ってほしいなぁ」と。

 

わざと書き損じたハガキを送り付けたうえに感謝しろだと?それを私が心から感謝するとでも思っているのか?朝子の考えを裏付けるかのように朝子の後ろでは則子とマミが私を見てクスクス笑っているのだ。明らかに人をバカにしたような笑いだ。私は無視を徹底しようと彼女らの視界から逃げようとエリに「向こう行ってお話しよう!」と言って周りにいたエリたちとともに教室の隅に移動しようとしていた。すると今度は則子が「私ちゃんひどい!無視した!せっかく話かけてやったのに何それ~」といかにも自分らが被害者だというような言葉を発してきた。ここで私は無視を徹底することをやめた。

 

そしてランドセルの中から私は朝子からの年賀状を取り出して、朝子にそれを差し出した。

「はいっ、朝子ちゃん!あたし朝子ちゃんから年賀状もらったのにこっちからお返しの年賀状出すの忘れちゃった~。だから直接手渡しでもいい?」

という一言付きで朝子の顔の前に彼女が出した年賀状を突き付けた。そしてその年賀状を見た朝子、一瞬にして顔が真っ赤になった。そして

「ちょっと何よこれ!私があんたに出してあげた年賀状でしょ?しかもこっちは一生懸命書いたんだよ!それなのに・・・」

と顔を真っ赤にして怒り出した。ここで私は嫌がらせには嫌がらせで返してあげようと考えた。そしてそのハガキを右手に持ってその手を上にあげて

「ねぇみんな!これ、愛情がこもってると思う?こんなハガキもらってうれしいと思える?どう見ても失敗したやつだよね?そう思わない?」とその時教室にいたクラスメイトたちの前でわざと大声で言った。すると私のもとにわらわらとクラスメイトが集まってきた。そしてハガキを見るや各々が

「これ失敗したやつ?」

「うわぁー、きったねー!」

「汚くてごめんね!なんて書くぐらいなら出さなきゃいいじゃん!ハガキ代もったいねー!」

「いじめじゃん、これ」

「これで年賀状?サイテー!」

「こんなの受け取って嬉しいか?私だったら友達やめるね」

と言い出した。実は私はクラスメイトのこの反応を見たかったのだ。うれしいことにあっこちゃんがここで一言・・・

「あ、うちにも朝子ちゃんから年賀状届いてたけど。普通にスタンプ押してあって今年もよろしくね!って書かれてたよ。うーん、私ちゃんに送ったのとは違うね」

続けてエリも

「うちにも私ちゃんみたいなやつじゃないのが届いてたよ。けど、人からもらった年賀状をこうして持ってきてバカにするのってどうなの?朝子ちゃんかわいそうじゃないの?」

と、ここでエリが朝子をかばう発言をした。だが私は

「エリ、あんたバカなの?そういう問題じゃないんじゃない?あんたがこういうハガキ受け取ったらうれしいわけ?これ、だれが見ても嫌がらせと思えるでしょう?少なくとも私が朝子と友達でもこんなことされたらいやな気分になるね」

とエリのお人よし発言を一蹴した。仲良しのエリにそう言い放ったのも本当に頭に来ていた末の行動であった。するとここに学級委員長の良樹が来て

「私ちゃんのやり方は確かによくないけど、俺もきっとこんなもんもらったら同じことするね」

と朝子に向かって言い放った。すると朝子はさらに顔を真っ赤にして

「伊藤(良樹の苗字)くん!学級委員だからっていばんじゃないよ!私だって一生懸命に書いて・・・それで私ちゃんは友達だから年賀状出しただけなのに・・・」

と言い出した。そもそも私は朝子を友達だと思っていなかった。

本当に往生際が悪く、ここでも噓泣きをしだす朝子。朝子の泣く姿を見て私は嘘泣きだと見破った。彼女は嘘泣きをするとき、いつも平手で顔を覆う。彼女が本当に泣いているときはこんなことをしないのだ。そして何よりも泣いている時にいつも顔は真っ赤ではないので、私はすぐさま「嘘泣きして同情を買おうとしている」と確信した。そこですかさず私は

「おい朝子!嘘泣きしてんじゃねーよ!」

と怒鳴りつけた。そこで私の怒鳴り声に驚いた朝子が顔を上げた、涙など流していない・・・やはり嘘泣きだった。そしてここで則子とマミが

「私ちゃん何朝子をいじめてるの?一生懸命絵をかいても失敗する場合だってあるでしょう?朝子はそれでも一生懸命だったんだから!」

とこの期に及んで朝子をかばう。確かに絵が下手だったり趣味が悪いというのは当てはまる。だが、ほかに朝子から年賀状を受け取った人がその現物をもっていればここで証明できるのだが・・・、と思った。

 

神様はやはり見ていた。ここであっこちゃんが口を開いた。

「そういえば朝子ちゃんからの年賀状、あたし持ってるよ。これね、クラスの友達から届いた年賀状。そんでね、これが朝子ちゃんから届いたやつ・・・」

と朝子からあっこちゃんに届いた年賀状を取り出してみんなに見せた。すると一同

「桃井(あっこちゃんの苗字)に届いたの、普通のじゃん!」

「なんだよこの差・・・、酷いね」

「やっぱり私ちゃんに出したのって失敗したやつなんじゃね?それをわざと送り付けたんだろう?」

「うわぁー、やっぱり!これで今度は送り先間違えたとか言い出すんじゃねぇの?」

「ハガキの交換料ケチったんじゃねーの?ケチくせぇなぁ、朝子ドケチー!」

「ねぇ朝子ちゃん知ってる?失敗したハガキは郵便局に持っていけば白いハガキと交換してくれるんだよ?けどタダじゃないけどね」

この瞬間、私はあっこちゃんに心から感謝した。というのも近くにいた彼女が何故だか理由はわからないが偶然クラスメイトからもらった年賀状を持っていたから、その証拠をみんなに見せることができた。そして私の言うことが決して理不尽な言いがかりではないことも証明できたからだ。

 

やはり朝子は確信犯だった。

失敗した年賀状をわざと私に送り付けた、その証拠に他の人に送ったものが私に送られたようなひどいものではなく、しかもわざわざ「汚くてごめんね!」などと書かれているものでもない年賀状だったからだ。そして朝子には明らかに「失敗したハガキを間違って送った」とか「もともと絵が下手」とかそういう理由があるとは思えないと私は知っていたから、今回この私に送られてきた年賀状を本人に突き出して事情を聴こうと思っていた。というのも、朝子は本当に絵が下手なのではない。普通レベル程度である。本当に絵が下手であれば図画工作の授業で描いた絵でも何を描いているのかわからないようなものを普通に描くだろう。だが朝子は決してそうではないのだ。ある日私が描いたイラストに色鉛筆で色を塗りたいというので、私はあえて朝子に色鉛筆で絵に塗ることを許したところ、色を塗るのに線からはみ出すわ色使いは雑だわとひどい有様だったのにも関わらず、エリやあっこちゃんの描いた絵に色を付けたいと言って色を付けた時には丁寧に色鉛筆で色を入れていたのだ。だから元から絵が上手ではないなどそういうことは決してないはずだ。私にしたことはわざとであった。まさにこれは人間性の問題だろう。

 

人によってあからさまに態度を変えたり対応を変える、差別をするなどこんなに腐った人間性が出来上がるのか・・・。朝子は本当に腐った人間性の持ち主でしかない、と今でも思う。平気で私の悪口をわざと私が聞こえるように言うのは当たり前、何も知らないくせに私にしきりに「貧乏」とか「乞食」や「クズ」とか「ゴミ」などと言ってくる。極め付けは私がそれに対して怒っているとなると、素直に謝罪するのではなく「ねぇ~、ごめんよぉ。許してぇ~」などと人を馬鹿にしたような謝罪をしてくる。言うまでもなくその後反省の色などない。そもそも謝罪云々というよりも、人に平気で「貧乏」だの「乞食」だの言える精神自体本当に人間性を疑う他ない。

ここに書くこと、実際に朝子に言われた台詞である。(注意・カッコ内は私の本音である)

・人間のクズ(誰がだよ!)

・社会のゴミ(だから誰がだって!)

・町内のゴミ(ははーん、町内のゴミですか。だったらお前は核廃棄物だろう?)

・奴隷(現代の日本に奴隷制度はありません)

・頭おかしい(頭おかしくて結構!少なくともお前に迷惑かけてないし)

・知的障がい者決定!(障がい者差別か。こんなことを思いつくなんて明らかにお前の人間性に難ありじゃん)

・(日本史の授業で出てきたときに)えた・ひにん(これさぁ、芸能人や政治家とかが言ったらニュースになるレベルでしょう。下手すればその発言ひとつで社会的地位を失うぞ)

・貧乏人(あーはいはい、貧乏でごめんなさいねー)

・乞食(明らかに差別語です)

・物乞い(お前がだろう?事実厚かましいし。それにお前に言われる理由なんてない)

・流行遅れ(ファッションセンス云々以前にお前の脳みその中の方が相当遅れてるわ。そもそもマミがいないと何もできないくせに)

・私ちゃんの名前がかわいそう。同じ名前の人が本当にかわいそうだよね(そういう発言をするお前と同じ名前の人の方がかわいそうです。お前のせいでいじめに遭う危険性すらあるんじゃないですか?)

 

ここに書いたものはほんの一部ではあるが、こうして書いていくとわかる通り本当に人間性を疑うほかない。そんな朝子から届いた年賀状のおかげで新年から嫌な思いをしたのだった。そもそもそんな嫌がらせをする気力があるんだったら自己啓発にでもその気力を使ってほしいものだ。

 

そんな朝子は堂々と名前を言えない高校に進学するなど、決して人が羨むような道に進んでいない。因果応報だろう。