Darkness world -ある捻くれ者のつぶやき-

高坂はる香です。私の幼少期からの出来事をエッセイ形式で書いていきます。(ちなみにこれは全て私の心理カウンセリングで使われたものです。虐待などの内容を含むため、閲覧にはご注意ください)

恐怖政治

 

ここまでこのエッセイを書いていて、父の話が殆ど出てきていないことにお気づきだろう。実は私は未だに父の存在に恐怖を感じてしまうことも事実であり、今からここに書くことを読むことで読者様がお気を悪くしてしまうことも充分に想定できる。それだけ自身の経験を文章にすることが辛く苦しいことであるということをご理解いただければ幸いです。

 我が家は「恐怖政治」の家だった。無論その政治の中心は父、母はそんな父に黙って付いて行くタイプだったために何を言っても聞いてくれるはずもなく・・・。父は私がある程度大きくなってからの教育問題には無関心、ただ「いい学校に入ればいい!そしてそこで1番の成績であればいい」という中身の無いことしか考えていなかったようだ。ついでに言うなら「学校で一番の成績じゃないとうちの子じゃない!」というとんでもな事まで・・・。

そう、すべて肩書きだけが良ければいいという考えだったのだろう。たとえば高校は市内一の進学校、そして大学もみんなが知っている名前の大学、そして就職先も一流のみという。これらの肩書き・・・何と言う中身の無さ、ということに逆に感心してしまうほどだ。そんな父も学歴にコンプレックスでもあるのだろう、それは未だに分からない。ただひとつ分かっているのは、やはり自身の「世間体、および自身らの体裁を保つため」であろう。今思うと私も兄も母もそんな父の体裁を保つだけの単なるアクセサリーだったのだと思う。

良妻賢母の妻、成績優秀で容姿端麗な子供たち、それが父の理想でもあり母の理想でもあったのだろう。いい加減そんなものは両親の思い描く単なる絵空事だということに気づけばいいだけだ。と今となればそう思う。

 

父は今の実家に引っ越すまでは子供に厳しいながらも父親らしいことはしてくれていた、と今でもそう思う。だが引越した後からそのような本当の父親らしい姿からは程遠くなっていった。体裁を異常に気にする、長男信仰、見栄っ張り、男尊女卑から始まって自分が気に入らなければ暴言暴力当たり前というようなものだった。

私は父にたくさん躾の名の元の暴力を加えられ、今でも心にはその時の傷が残る。時には顔が腫れるぐらい殴られた。家から追い出されたこともあった。いくら私が悪いことをして怒られたとしても、今考えてもやはり父のやり方には納得がいかない。現にこうして30過ぎた私の心の中には当時の傷がたくさん残って今でも苦しむ部分がたくさんあるのだから。

そのような躾の中でも最も心に残るものがある、それは私が4歳頃のある日、本気で父を鬼、悪魔だと思った。さすがに何が起こってそうなったのかまでは覚えていないが、私は突然父に浴室に連れて行かれて服を着たまま水を張った浴槽に無理矢理沈められたのだ。浴室に着いて父は浴槽の蓋を開け、私をそこに投げ入れて蓋を閉めようとした。私はその中でおぼれかけたことを今でも覚えている。母はそれを見てそんな父を止めることもなくただ見ているだけ。その後母に体を拭いてもらい着替えもしたのだが、そこで母が私に言ったのは「あんたがお父さんにわがままを言ったからこうなった」と。子供は正直わがままを言ったなら、親はそれを窘める。だが、窘める方法なんて他になんぼも方法があるはず。それなのにいきなり浴槽に沈めるなんてどう考えても子供にとっては恐怖でしかない。

母は母で父が私たちにする行き過ぎた躾を決して止めることも無くいつも傍でただ見ているだけ。そして「お父さんのすることは間違っていない。あなたたち(兄と私)が言うことを聞かないからそうなる」といつもお決まりの台詞を言い放つのみだった。父の暴力の後に何もフォローしない母、本当に今考えても何故そんな事が出来るのか信じられない。たとえ私たちがそれでケガをしたとしてもフォローもせず私たちが悪いからそうなるとだけ言うのだ。加えて私たちがどんなにケガをしても嫌な思いをしても「お父さんは悪くない」「お父さんのすることは間違っていない」と、父を常に擁護するのだ。

兄も何度も殴られ、時には唇を切るケガをしている。後に兄も「うちは恐怖政治」と言っていたぐらいだ。母も何度も発狂しては私たちに殴りかかる、暴言を吐く、ということを起こしている。だが父と違うのはヘラヘラしながらではあるが謝罪があるということ。けれど前記のとおりヘラヘラしながら「あの時はごめんね~」というように心の篭っていない謝罪だけに私は信用ならないといつも思っていた。本当にバカみたいだと・・・思うしかない。未だに父のしてきたこと、母が父を擁護したこと、許す気にはなれない。寧ろあの世に行ってから地獄で閻魔様や邪鬼たちから鞭を打たれてたんと痛い仕置きをされるがいい!と思うぐらいだ。

父は本当に忙しい人だった。だからこそ今思う、家庭に安息が欲しかったのだろう。だが家に帰れば私たち幼子がいて、それで自身も仕事で疲れているのに・・・となっていたのかもしれない。だがそれも父の勝手な言い訳。さすがに仕事のストレスは私たちには何の関係も無い。だからそれを言い訳に子供に八つ当たりなんて、と普通ならそう思うはずだが父は違った。機嫌が悪いと子供達にすぐ八つ当たり、暴力、暴言や人格否定も。そして自分が気に入らないとなればすぐにヘソを曲げ、母が私たちに折れるように説得をする始末。はっきり言って父も大人気ないし母もみっともない。必死に父を立てようとする母も本当に哀れである。母が亡くなった後に母の友人から聞いた話だが、母は毎日毎朝父の靴下を履かせるようなタイプであり、父に相当尽くしていて父の言うことは絶対という考えだったとのこと。自分の意思を持っていなかったのか?と思ってしまったぐらいだ。

 

暴力以外にも父は本当に自己中心主義であった。私たちが買ったものでも父自身がそれを気に入れば強引に奪い取るなども普通にあったし、泥酔すると決まって私や兄に抱きつくのだ。酒に酔った父もそれは恐怖だった。私が幼い頃、たぶん幼稚園児か小学校低学年の頃だったと思う。父は私が寝る時間になって寝床で寝ていた時に無理矢理抱きつくこともあった。恐らくだが本人は構って欲しくてふざけていたようだが、私にとっては体をベタベタ触る、すごい力で抱きつかれるなど父のその抱きつき行為には愛情など感じられず、むしろ恐怖でしかなかった。寝ている時に抱きつく以外にも普通にすごい力で幼い私に抱きついたこともあった。その時もそれは恐怖でしかなかったと記憶している。時は流れて私が高校生の頃にもそのような父の失態はあったのだ。ある日親戚の家に行き、祖父の77歳のお祝いをしていた。その時父も相当な量の酒を飲んで泥酔して当時高校生だった私に対して抱きつき、体をベタベタ触ったのだ。正直実の親でも気持ち悪く怖くなった。そのおかげか私は酔っ払いというものが嫌いになる。酒を飲んでも飲まれるな、と父は大人になった兄に話していたのを見たことがあるが、何の説得力も無いと感じた。自分は散々酒に飲まれたくせにあり得ないとまで・・・。

私の私物もそんな父によく狙われた。まずビーズクッション。中学校2年生の頃にずっと欲しかったビーズクッションをためていたお小遣いで買った。だがそれを見た父が私のものなのに勝手に気に入ってしまい、突然私の部屋から勝手に持ち出して茶の間で使っていて私はとても驚いた。そして「それは私の物でしょう?」と問いただすと、俺が欲しいから持って来た。2000円で売ってくれと言い出して私に2000円を渡してクッションを強奪したのだ。母もそれに加勢し、「お父さんが欲しいって言ってるんだからあげなさいよ。それにまた買えばいいでしょ?」と。母は父の味方しかしなかった。当時中学2年生の私、働くことなんて出来ないうえにお小遣いだって限られた金額でしかない。だからまた買えばいいなんて言われてもそう簡単に買えるわけでもない。その辺について両親はどう考えていたのだろう、本当にそれが欲しいのなら自分でホームセンターにでも行って気に入ったものを買えばいいだけ。そんな子供でも分かるようなことも出来ない両親を心底恥じた。

それ以外にも社会人になって私は隣県で働くようになり、私は自身の勤める土地の地名などが分からず困ってしまい、仕事にも支障が出始めていたこともあり仕事の帰りに会社近くの本屋でその県全域の地図帳を買った。私はその後仕事中も仕事以外の時間もその地図を見て地名を頭に叩き込んでいった。当時私の勤めていた支社はその県北部から中部のエリアを担当していた。加えて市町村の合併も始まっていたこともあり、同じ市内でも管轄の営業所が違うなどということもしばしば。管轄の営業所云々以前に地名を知っておかなければ本当に仕事にならない。顧客の住所を見て管轄の営業所に仕事を振ることだって決して間違ってはならない。だから仕事中もお客様の住所と地図を照らし合わせてという作業も何度もしていた。この姿勢は上司からも仕事熱心だと褒められたぐらい。だからその地図は私にとっては本当に仕事上必要だから、地名を覚えてある程度の土地勘を身につけないと仕事にならないからという理由で本当に必要なものだったのに、その地図を持っていることが母に知れてしまったのだ。母は最初は「仕事で使ってるんだね」と理解は示してくれていた。

だがそんな母がある日「父が○○県の地図帳を貸して欲しいって言っている」と言い半ば強引に私の元からその地図帳を持って行き、父はそれを私に返さず会社のものにしてしまったのだ。数日後、私は「地図帳を返して欲しい。仕事で使うから1冊3000円もするのに買ったものだ。それが無いと仕事にならない」と話すと、父は「俺はお前に10000円払ったはずだ、だから俺のものになった。そんなに欲しければまた買えばいいだろう?」と言い出した。私は父から地図を譲ってくれとも言われていないし、父が言うお金も受け取っていない。ほぼ強引に母に持っていかれたということだけだった。母には地図を渡すときにすぐに返すように伝えてあったのに、それがまた父のものになってしまった。私は本当に悔しくてたまらなかった。その地図はドライブに出かけるとかの遊びのためでもなく、かといってほんの数日の旅行のためとかに買ったのではない、自分の生まれ育った場所ではない県庁所在地へ赴いて仕事をして、その中で担当するエリアの土地勘が無ければ到底仕事にならないことを実感し、これ以上土地勘が無いのなら仕事が出来ない!という切実な理由で、仕事以外の空き時間に少しでも勉強したくて買ったものなのに、母はそれを知っているのにそんな簡単に奪っていけるの?「貸して」と言われたうえに「すぐに返してほしい」とも言ったのに、だから数日で戻るものだと思っていたのに、いつの間にか父のものにされているし・・・。それに最初に「貸して」と相手に言ったんだったら相手に「返す」のが普通だろう。そんな当たり前のことも出来ない両親に心底呆れた瞬間だった。父自身がそんなにその地域の地図が欲しい、会社で使いたいというんだったら自分たちで書店に足を運んで欲しい地図を買えばいいだけの話だろう。それなのに身近にいる私がそれを持っていたからという理由で奪っていくなどという心理は今でも理解できない。ただ親にとって「私が地図を持っていたこと」は便利だったってだけ?たとえそれが実子のものでも、親が欲しいのであれば何もいわずに譲るべきとでも考えていたのだろうと思う。あまりにも自分勝手である。母にも抗議した。だがやはりここでも「お父さんが欲しいって、本当に緊急だったんだから勘弁してあげて」と。こっちも緊急だったうえに仕事でそれが無いと困るのに!

ビーズクッションや地図、それだけではない。自分は何もしないくせに私には何でも頼ろうとする姿勢にも何度も腹が立った。たとえ私がどれだけ忙しく自分の時間を満喫していようとお構いなしで。

その事件当時私は派遣社員の傍ら、ビーズアクセサリーを作って委託販売に出す仕事もしていた。そのために帰宅してからは食事をとって自室でアクセサリーを作る日々を送っていた。売れ行きもそれなりによかったし、私自身も物を作ることが楽しくてたまらず、アクセサリーを毎日作っていた。委託販売に出す以外にも会社の先輩から頼まれたアクセサリーを作るなどもしており、帰宅してからも決して暇ではなかった。アクセサリー作り以外では英会話スクールの宿題をやったりレポートを書いたり、更には英検の勉強をしていることもあり、父のわがままに付き合う暇はほとんど無いのが現状だった。そんな中父から面倒なお願いをされることがしばしば。父は旅行をするのが好きである。だが手元にあるのは古い地図帳だけである。それは別に構わない。だが旅行に行くのは自分たちの勝手なのに決まって私に「○○の情報をパソコンで調べてプリントしてほしい」と言うのだ。正直そんなことをする暇が無い。私も帰宅してからは上記のとおり忙しい。だからそんな事は自分でやれば?と思ったので、自分たちが旅行へ行くのに私がなぜそんな事をする必要があるのか?それに私も自分の時間があるし忙しい。家にいるからといって暇ではない。と言うと、父は決まってヘソを曲げてプリプリ怒り出すのだ。「家にいさせてやっている」だの「金を貰うとき(貰ってない)だけ調子がいい」だのあること無いことを言い出す始末。そしてそれを見ている母はいつも決まって私に「あんたがやってくれないからお父さんが怒ってるじゃない!今からでもお父さんに謝ってプリントしてあげて!」と私に泣きながら言ってくる。泣いてでも父をかばう母にも常識が無いのだろうかと思えてしまった。私はその度「自分たちの勝手な都合を私に押し付けないでほしい。家にいるからと言っても私も暇じゃないんだから」「委託販売のこととか、英語の件とか、お母さん知ってるでしょ?知っていてそれを平気で頼んでくるなんてそれは私に対しての嫌がらせ?」と言うが、自分らの都合が最優先とでも思っているのか私の言い分には聞く耳を持ってくれないのだ。母はここでも決まって「お父さんがいるからここにあんたもいられるの!これぐらいやってあげなさいよ!」などと父の味方をするのだ。私は自分の時間の方が大事だし、自分たちで出来ることをして情報を集めるのが筋だと思ったので、そこはもう手を貸さないと決めていた。

それに両親がそんなに自分たちで旅行をしたいのなら自分たちでその旅先の情報を調べるのは当たり前の事だ。だがそれをまたしても便利だという理由で私を使ってくる、本当に情けない両親である。

そもそもパソコンを使え!と言ったところで、「出来ないから」と言うのはもう見えている、だったら勉強しろ!と私が言うと「覚えられない」とまた私に頼ろうとする。母もパソコンなんて覚えたくない!と言い出す始末。その言い訳に本当に「子供かよ!」と思ってしまう。

こんな他力本願で厚かましい両親、要らないと本気で思えていた。便利だから使うというのも、人をこき使うのではなく自分たちで便利だと思うものを探してそれでその便利だと思う物を使うのが筋だろう。たとえば旅行ガイドブックを買うなど。それなのに便利だと思う対象はいつも決まって私。本当に頼るものが間違っているとしか言いようが無い。欲しいものを私が持っていれば「寄越せ!」、能力を持っていれば「やれ!」など。そして必ず付いてくるのが「お金を払えばいいでしょ?」とか「親のためにやって当たり前」「家にいさせてやってる」など、くだらない寝言は寝てから言って欲しいものだ。非常に馬鹿らしい。そもそも利便性だけで私を手元に置くこと自体間違っているだろう。

 

時は過ぎ、私の買った新品のラップトップパソコンも父に狙われた。留学や英語学習や委託販売の仕事のために買ったパソコンであり、買うまでにも何軒も電気屋やパソコンショップを歩いて実物を見て自分に合ったものを選んで買ったこともあり、当然ながら簡単に父には譲りたくなかった。加えてパソコンを手にして私はメモリ拡張や必要なソフトをインストールしたりキーボードの設定を変えたりして自分仕様に環境を設定していたこともあり、父からパソコンを譲れといわれても渡したくない。それに父はいつも私に面倒なことを押し付けてくることもあり、このパソコンを仮に父に譲ったとしてもあれやってこれやってとなることが目に見えていた、無論渡したくもない。

当時私はパソコンを2台所有していた。1台はデスクトップでもう一台はラップトップ。普段はデスクトップを使っていたが、英会話関連(提出するレポートや宿題など)や仕事関連はラップトップを使っていた。そんなある日父は私に「パソコン2台もいらないだろう?余ってる分(ラップトップの事)俺によこせ」と強引に奪おうとしていた。こちらも「自分に合うものを探して買ったわけだし使っていないわけでもないし、事実これも無いと困る。だから渡せない」と断ったところ、ここでも「家にいさせてやっているのは俺だからそれぐらいしても当たり前だろう?感謝の気持ちだろう?」などと引き下がらなかった。そこで「仕事やレポート作成に支障が出る、だから同等のノートパソコン1台、そうだなぁ。マッキントッシュの最新型のノート1台と交換するのなら考える。それとこのパソコン、自分用に環境を設定済みだからきっと使いづらいだろうし、初期化をするからそれに必要な経費も払ってもらう!さすがに全て初期化するとなればタダってわけはないでしょう。」と条件をつけたが、父は「それは無理、無料で今すぐ俺にそのパソコンをよこせ」と引き下がらず、(どうしても譲るわけにはいかないので)「いつもそうやって私からあなたは物を奪い平気な顔をしている。そのおかげでこっちは本当に嫌な思いをしている。それに今回のようなことは一度や二度ではない、これ以上繰り返して人から強奪するような真似をするなら(そんな気は毛頭無いが)弁護士にでも相談しようか?それに勝手に私の私物を持って行こうものなら、話は警察で聞くようになるけどいい?」と話すとしぶしぶ引き下がった。

この件については偶然その場にいた兄も呆れていた。「たとえ親父がパソコンを譲ってもらったってあれやれこれやれと何かとやらされるのはお前なんだし」と。ついでに「そんなに欲しいのなら自分で努力して買え!そして人の力を借りずに操作方法を覚えろ!金を詰まれても協力などするものか!」と、私は父にそう言い放った。

いくら親でもやっていいことと悪いことの区別も付かないのか?そしていくら自身の娘のものだとしても人様のものを欲しがるなど、どんな躾をされていたんだ?と疑問に思えてしまうぐらいだ。ここでも「俺はいちばん偉い、だから文句を言わずに寄越せ」だったら余計に腹が立つ。人様のものを強引に奪ってまで自分の欲を満たしたいのか、今考えても心底気分が悪い。

ここで母が生きていたら恐らく父に味方をしてどんなことをしてでも私のパソコンを奪ってやろうということになっていただろう。母はいつも父の味方だったので簡単に想像が付く。正直このやりとりが母がいないところで起きた事に感謝する。

そもそもパソコンを寄越せなんて、どれだけリスキーな事なのかをこの親が知ることなのか?個人情報だってそう、たくさんの秘密が入るものであるのにそれを易々と他人に渡すなど、到底考えられない。貸すことすら考えられない。無論貸したものなら危険なウイルス感染などのリスクも無いわけではないからだ。

 

「パソコン譲れ事件」から暫くして私はトロントへ留学をして、帰国後は当時彼氏だった今の旦那とアパートを借りて同棲を始めてその後結婚したのでこの件について父からまた言われるということは無かった。無論パソコンは実家ではなく新居に置いた。

 

ここまで書いていて思ったこと、「お前のものは俺のもの」というジャイアニズム精神は身近にあったのだと痛感した。それが父であったということも。私が婆になっても息子には絶対このような事はしない、したくない。そもそもそんな発想すら無い。息子にも人様のものを欲しがるような卑しい真似はするなと教えていくつもりだ、父を反面教師にして。

 

そんな父だが、とりあえず表面上では良い父を演じていた気がする。たとえば子供の運動会などにはビデオカメラを持って参加していたり、親子競技には普通に参加していた。だが家にいるときの父は本当に恐怖政治の中心であり、私たち子供は毎日おびえて生活をしていた。表面上は良い父ということもあり、家の中で何が起きているのかは誰も想像付かないだろう。

決して外からは見えない「我が家」というひとつの区切られた空間で行われた「父という名の独裁政治および恐怖政治」なのだ。母はその独裁者を崇拝、兄と私は恐怖に怯える。

 

母もやはり父と同じ思考だったのだろう。父のわがままに振り回される私をかばうことなど無かったのだ。そしてそこに兄が絡むと余計に厄介になった。「両親や兄にとっては私という存在は便利なもの」という感覚だったのかな?と思えてしまう。

こちらも社会人になってからの出来事だが、兄が当時名古屋の建築会社に勤めていたときのこと。家と会社は名古屋にあるのだが、仕事現場が横浜にあり、そこでの任務を終えて名古屋に戻ろうというとき、兄は横浜から名古屋までどうやって引越しをすればいいのだろう、自身の所有する車もスポーツカーだし荷物は全部載せられない。それにひとりで作業をするにしても何往復もしなくてはいけないし、お金もかかる。と母に相談をした。すると母は「だったらうちのワゴン車を使えばいい!」と何も考えずに兄に言ってしまったのだ。これは私のいないところでのやりとりだった。そしてその日の夜、母は何の躊躇も無く「ねぇ、今度の週末からうちのワゴン車をお兄ちゃんに貸すことになったから、貸している間あんたの車、家用に貸してくれない?だってあんたは実家から仕事に行っているんだし、何も問題ないでしょ?」と。最初は何を言っているんだ?と思った。そして私はなぜそんな風になったのかを母に問いただすと前記のとおりの説明をしてくれた。だが兄は未成年でもなければ稼ぎの無い学生でもないし、ニートでもない。すでに成人している、社会人何年目?という年齢なのに何故この歳になって親の力を借りようとするのか、そして母もそんな歳の兄になぜ自ら手を貸そうとしているのか?私には到底理解しがたいものだった。

私は言うまでも無くその申し出を断った。私は確かに実家に住んで、そこから会社へ通勤している。だがそんな私にもプライベートというものがある。会社の帰りには買い物をしたり、友達と会って食事をしたり、英会話やスポーツジムに通ったりもしている。納品のために少し離れた委託販売先にも立ち寄る。だから私は決して「ただ会社に行って家に帰って寝るだけ」という生活ではない。英会話やスポーツジムだって定期的に通っているものであり、そんな親の都合で簡単に休めるものでもない。無論月謝や月会費もちゃんと払っているのだから。そのような事情もあるわけで私は母に「私の車は貸せない!」と話した。すると母は「だって家から通ってるんだし、お母さんが毎日あんたを会社まで送り迎えするんだから、ね。それにお母さんだって車が無いと困るの。だからお願い・・・」と泣きついてきた。だが駄目なものは駄目、社会人で毎日会社まで親の送り迎えだなんて恥ずかしくて耐えられない。そしてそんな家族のわがままに付き合うためにプライベートは犠牲に出来ない、母もそんなことも分からないのだろう。こんな母に心底情けないと思った。母曰くこの件は父も大いに賛成しているとのこと。当事者である私を差し置いて勝手に物事を決められそうになり非常に迷惑な話である。それにこちらも私には全く無関係である。兄も成人していて仕事もしているんだから自分の尻ぐらい自分で拭えと言いたいところだ。母に何を言っても「でも、だって・・・」、「お兄ちゃんがかわいそう」、「あんたは恵まれている、だからお兄ちゃんに協力すべき。お兄ちゃんは家から離れてひとりで暮らしてるの。だから助けてほしいって言われたら協力するのが普通じゃないの?」などと兄を擁護。そこで私は「あのさぁ、この世の中には引っ越しセンターというものだってレンタカーというものだってあるんだよ?ただお金がもったいない、時間がもったいないっていう理由だけで成人している男が親にすがるってどういう神経してるの?両親であるあんたたちだって兄に一体どんな躾をしたんだい?私には理解できない。それに私をこれ以上厄介なことに巻き込まないでくれないか?家の車を兄に貸すのは構わないが、それについて私は無関係。だから私の車は貸しません!自分らの足が無くなって困るならそういう約束はしないで。そんなに兄に車を貸したければお前らが今すぐレンタカーでも借りて来い!で、勝手に私の車を奪って行ったらそれこそ警察に通報だな・・・。だってそれは泥棒でしょ?子供でも分かるよねぇ?」と母に言った。母はまたしても「だってレンタカーなんて他人から借りるものだから何かあったら困る・・・、そうなっても私は何もしたくないから」と。何と自己中心的な考え、結局は私を都合よく使いたいとでも考えたのだろう。私もさすがにキレて「知らんわ、そんなもの!勝手に決めやがって。自分のケツぐらい自分で拭きやがれ馬鹿野郎!!」と言い放ち、自室に篭った。これ以上何を言われても一切答えないことを決めた。車の鍵も勝手に盗られないようにいつも手元に置いておいた。寝るときは枕の下に置くなど鍵の管理を徹底していた。

車社会の田舎での生活、ここで車を取り上げられて勝手に乗り回されてなど本当に理解しがたい。万が一事故を起こした場合はどうするつもりだったのか、本当に恐ろしいものだ。ましてや私は社会人で会社勤めもしている。それなのに唯一の足である車を取り上げられてしまっては本当に八方塞がりである。それに普通の生活を身勝手な人たちのために制限されてはたまったものじゃない。車には走行距離だってある、それが短期間で異常に延びていたなどとなれば査定価格や車検での部品交換にだって影響する。無論この人たちに「全部修理して返せ!」と言っても絶対にしてくれない、ガソリンだって満タンにして返したこともないのに。過去に母は私の車の鍵を私のカバンから抜き出して車を無断で乗り回してガス欠寸前で私の元に戻しておきながら言い訳タラタラだったこともある。だから余計に信用できない。

 

母は兄を高校から下宿生活をさせたことを寂しく思っていた。その寂しい気持ちを払拭するために私を何かと支配しようと必死だった。中学あたりから「恋愛禁止、学校が終わったらすぐに帰宅しろ、いい子でいなさい」など、自分にとって都合のいい条件を私に押し付けてきていた。加えて高校に入ったあたりからは「学校以外でも化粧は禁止、私の言うとおりにしなさい」など。そして社会人になれば「女は一人暮らしをしてはいけない。親の面倒は必ず見る」など、本当に両親のためだけに勝手な取り決めをしていたのだろう。正直私は大学も県外の大学に行きたかったし、就職も県外にしたかった。というのも両親から離れたかったからだ。その方がお互いにとって良いことは日を見るより明らかだったから。私も両親もお互いに甘えることがないから。だが、その裏で両親は・・・特に母は私を絶対に手放すものか!と必死になっていた。その中で私は何度も実家からの独立を試みていた。一人暮らしするために何が必要かと考えては行動に移していた。自分の食費は自分で賄い食事は自分で用意をして、洗濯なども自分の分だけ別にして会社の帰りにコインランドリーで洗うようにしたり。そして「家賃」も家に入れていた。だが母は私が実家を出ようとしていることを察したのか「仕事で疲れているんだから家に帰ってからはこんなことしなくてもいい」とか、それでも私は家事をしていると「もうこんなことしなくてもいいから・・・」と私を止めた。当時車のガソリン代も父のカードで払っていたが、それも成人してからは断るようにしていた。ほぼ無理矢理そうするように言われて父のカードでガソリン代を払っていたのだが、実家を出るのにはそれもちゃんと自分の稼ぎでやっていくべきと考えてのことだった。私が自分でガソリン代や車に関わる費用も払っていると分かると決まって母は「父に甘えていいんだから」と言い、私がガソリン代を払うことを嫌がった。そしてそれだけじゃなく、私の使うお金に関しても口出しをするようになってきたのだ。ある日基礎化粧品を買った私、それを見た母が「お母さんに内緒でそんなもの、買うんじゃないの!高いんでしょ?ったく無駄遣いばっかりして」と言ってきた。無駄遣い?私は決してそうではないと思っていた。基礎化粧は本当に必需品だし、これをサボると風呂上りに肌が乾燥したり化粧の乗りが悪くなるなど支障が出る。それに基礎化粧だって身だしなみである上に私はアレルギー持ちであるために、肌に合うものを選んで買っているわけだ。だからさすがに私もこれには「私が私自身で自分に合うものを選んで買って何が悪い!」と反論。母は「どうせ実家にいるんだからお母さんのを使えばいいでしょ?」と更に返してくる。この人は本当に何を考えているんだか、今考えても理解に苦しむ。化粧をするにしても「色気づいて気持ち悪い」「そんな事をするからニキビが治らない!」「テレビに出て馬鹿やってるギャルみたい」などといちいち難癖をつけては私の行動を監視する。

化粧するからニキビが治らない?寧ろ私のニキビを気にするぐらいだったら私を皮膚科に連れて行けばいいことだ。それをしようともせず、母の勝手な判断でイオウ成分の強い市販薬を買ってきては「これは効くから!ほら塗ってあげるから!!」などと言い無理矢理薬を塗られる始末、本当に鬱陶しい。ところで私はイオウ成分が多いものも肌に合わず、いつも母の買う薬を無理矢理塗られては肌がかぶれたりただれるなどのトラブルが毎回起こる。それなのに母は「こんなのすぐに治るから!」などとまた能天気なことを言って私の肌トラブルとは絶対に向き合わない。母は私がそうなったことを知っているはず・・・。母は医者でもなければ看護師でもない。それなのにどうしてここまで強要出来るのだろう、しかもここで勧めるものは肌に塗る薬。それこそ美容にも精神衛生にもよくない。そして必ず最後は私自身で皮膚科へ行くことになり、余計な医療費を払うこととなる。本当に厄介である。

母による民間療法的なものは他にもあった。正直いって被験者にされる私は迷惑以外他ならない。ニキビ治療のイオウ成分だけではなく、風邪を引いて喉が痛いとなればどこからかルゴール液(の○のーるスプレーの中身のようなもの)を持ち出して無理やり私を押さえつけては喉にその薬を塗り込む。母曰く「お母さん、誰かをいじめるの大好きなの~!」と。非常にふざけている。そしてその後はきまって「どう?よくなったでしょ?」と。私からすればそれは果たして実の親子であってもしてもいいことなのか・・・?たとえしてもいいことであっても無理矢理押さえつけてまでやるなどは本当に異常としか思えない。むしろこれは違法ではないか?とまで考えてしまう。医療行為にあたるのか。そしてこれを拒否したらしたで母からは暴言を吐かれるのだ。そして機嫌が悪くなれば今度は暴れ出す。無論母からルゴール液を塗られた後の私の喉はいつも痛みが半端なく、常に腫れた状態になってしまう。最悪なことに何度か腫れあがった扁桃腺に液体を塗られてしまってとんでもない痛みに悶絶していたこともあった。その後病院へ行くと先生は「そんなもの必要ない。塗ることで症状が悪くなるだけで声もでなくなっちゃうから」と仰っていた。

母に物申すなら「看護師ごっこは一人でやってくれ」。