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Darkness world -ある捻くれ者のつぶやき-

高坂はる香です。私の幼少期からの出来事をエッセイ形式で書いていきます。(ちなみにこれは全て私の心理カウンセリングで使われたものです。虐待などの内容を含むため、閲覧にはご注意ください)

ストーカー

トーカー、されたこともあるがしたこともある。ストーカーをしたことについては、私は正直後悔していない。

というのも「世直し」のためにしたものだったからだ。

 

罪の無い女性に思わせ振りな態度をとったり、平気で嘘をついたり、でまかせを言って振り回すなど、女性として許せなかった。だから私はその男にわざとストーカー行為をしたのだ。無論それはすべて演技だった。

 

その相手とは、私が19歳の頃に私の1年後輩として入社してきた新人の男だった。飄々とした関西人、良く言えば人懐っこい、悪く言えば馴れ馴れしい。私の好みではない。

その新人(以下大久保さん)は、何かと私に声をかけてくるようになった。私も女子社員の中では一番若いこともあり、話しやすかったのだろう。本音を言ってしまうと「いつもニヤニヤしていて気持ち悪い」と思ってしまったぐらいだ。

 

しかし私の気持ちとは反対にやはり新人ということもあってか、雑用などを任せられる時には大久保さんと仕事をしなくてはならない。無論仕事ということもあり逃げられない。正直逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、仕事だと割りきって奴とは普通に話すようになった。

が、私は次第に大久保さんを見下すようになっていった。今で言うヘタレであり、いつもニヤニヤしている、先輩にも平気でタメ口を聞くなど、私には受け入れ難いキャラクターだったからだ。そして大久保さんは勘違いしたのか、私にもタメ口をきくようになりでまかせを言うようになっていった。

 

そんなある日の出来事。

朝出勤してきてデスク周りの掃除を済ませて朝礼に出たあと、各営業所から届く書類や郵便物を支社内の各部署ごとに分けていた時だった。

私は先輩社員の中川さんと一緒に世間話をしながら書類分けの作業をしていた。中川さんは私と同じ部署の先輩であり、姉御肌の女性だった。仕事に厳しいながら面倒見もいいので私は彼女と仕事をするのが嬉しくてたまらなかった。だからこうして通常業務外の書類分けの作業を一緒にするのを楽しみにしていた。

この日は中川さんと私はお互いの恋愛観の話で盛り上がっていた。というのも中川さんには長く付き合っていた彼氏がいて、つい先日婚約をしたという話を聞いたものだから私の恋愛観や恋愛事情についてもやはり質問されるのだ。

当時の私は彼氏もいなくフリーであり、恋愛をする気持ちも特になかった。ただ、好みのタイプはあったので、その話をしていた。

そしてそこに大久保さんが書類分けの作業にやって来たのだ。当時私の職場では書類分けの作業やその為雑用は女子社員の仕事であり、本来ならば男子社員である大久保さんは対象ではなかった。それなのに毎朝書類分けをしていると、大久保さんはやって来て一緒に書類を分けるのだ。恐らく彼の気持ちは「新人なんだから雑用全てをやらねば」というものだったのだろう。

この日の私と中川さんは前記のとおり恋愛観や恋愛事情の話をしていて、言うまでもなくその話は大久保さんの耳にも入ってしまった。私はさすがに大久保さんは私たちの話を黙って聞いているか「彼氏いるの?」ぐらいな話をしてくるのだろうと考えていた。しかし、彼は違った。私に彼氏がいないと知るや大久保さんは私にこう言った。

「高坂さんあのなぁ、○○営業所の原田さんがあんたのこと好きだって言うてたわ」

原田さん…、去年まで一緒に仕事をしていた私の同期だ。私のことを好き?いやいや、原田さんには彼女いるし、そもそも面倒くさい性格の原田さんのことは同僚としては好きだが、私の好みじゃないから。と、私は大久保さんの一言で困惑したのは言うまでもない。

それだけではなく、大久保さんから原田さんの話はほぼ毎日聞かされた。原田さんが私に会いたいと言っていただの私のことをもっと知りたいと言っていただのと。それだけじゃなく、ある朝私と中川さんがいつものように書類分けの作業をしていた時に、中川さんが彼氏から婚約指輪をもらった話をしてくれた。私は普通に「おめでとうございます!」と中川さんに言ったその時だった。どこからか大久保さんが現れて私にすかさず

「あのなぁ、原田さんが高坂さんに渡すって言って指輪を持ってたの俺見たよ」

と言ってきたのだ。

また原田さんの話ですか、と半ば呆れ気味な私。さすがにその場にいた中川さんもこのときは絶句していた。

好きだと言っている、会いたがっている、まぁそれだけなら別にいい。直接なにかがあるわけではないので。しかし付き合ってもいないのに指輪とか…正直そういう発想が気持ち悪い。原田さんとは確かに仲がいい、だがそういう関係ではないしそういう関係になるっりもなかった。だから「指輪を準備して持っていた」と言うのなら普通の感覚では気持ち悪いとしか思えない。

さすがに私もそういうことをツラツラ言う大久保さんに腹が立ってこう言い放った。

 

「そういう失礼な物言い、止めてもらえますか?事実出もないことを言われても嬉しくありません!」

 

さすがに大久保さんはその場で黙りこんだ。中川さんも何も言わず、黙々と書類を分けていた。私は大久保さんと同じ空間にいるのが嫌になり、その場から立ち去った。

デスクに戻ってもモヤモヤした気持ちは晴れなかった。

「そもそも付き合ってもいないのに指輪とか、本当にそうなら気持ち悪いんだけど。それに私は原田さんのことは同僚としては好きだけど付き合うとかそういうのは考えられない。いろいろと面倒だから。それに私は原田さんの連絡先を交換してはいるけれど、仕事の話しかしてない…」

戸惑うしかないのだ。

そしてその日の昼休み、休憩に入った私は弁当を持って給湯室に向かい、お茶を入れて休憩室に向かおうとしていた。するとそこに大久保さんが現れたのだ。

「はぁ、正直顔も合わせたくないし話もしたくない…」

と私は思った。大久保さんはそんな私の気持ちを知ってか知らぬかいつものようにニヤニヤしながら

「今からお昼?」

と聞いてきた。ニヤニヤしていたのも気に入らなくて私は怒り口調で

「ええ、これが何に見えます?」

とだけ伝えてその場を去った。そして休憩室に着くと偶然ついていたお昼のバラエティー番組を見ながら弁当を食べた。この日は結局同僚や先輩たちともあまり余計な話をしなかった。

 

それから数日後、大久保さんは私に謝罪してきた。私は許すつもりもなかったが、同じ職場の同僚でもあるので、表向きでは許したつもりでいた。だから普段の話でもしばらくは仕事の話以外はしなかった。

新年度になり私は別の営業所に転勤が決まった。転勤前はなにかと忙しく残業の日々、土曜日も休日出勤をして残務処理をしていた。そんな中、最終の土曜日に休日出勤していたところ中川さんと大久保さんも休日出勤していたのだ。中川さんはいいのだが、大久保さんも…と不安になったのは言うまでもない。そしてその不安は的中した。

休憩をとることになり、私は中川さんと話をしながら缶コーヒーを飲んでいた。そこにお約束のように大久保さんも混ざってきて雑談を始めた。最初は普通に中川さんの新婚生活の話をしていたのだが、大久保さんは突然話題を変えて私にこう言った。

「高坂さん、あんたさぁ~…いつ見ても巨乳だよなぁ」

はぁ?!何言ってんだこの男は…と思いつつ私は

「さすがに選べるものじゃないんで…」と言葉を濁した。内心ここでも気持ち悪いと思っていたぐらいだ。「いつ見ても」って、この男は毎日私の胸ばかり見ているのか?と思ってしまう。更に気持ち悪い。

それを察したのか、中川さんは次の話題を振ってくれて、別の話をし始めた。そこで中川さんはすでに入籍も済ませて戸籍上の苗字は中川ではなく森田になっているが、職場では引き続き「中川由佳理」と名乗る、旦那さんは美容師さんであるなどと話していた。

 

そして残務処理も終わり、翌週から私は転勤先での業務をスタートさせた。しかし運悪く新しい職場での担当業務が大久保さんを通すことになってしまい、先行き不安な思いに苛まれた。

「またセクハラ言うんだろうな、あのクソ男は!」

そう思っていた。案の定セクハラ発言や虚言が無くなることはなかったのだ。私の転勤先はまず所長がいて、同期の原田さんがいる。そして同じ事務員の女性がひとりと、四人体制だった。そんな新しい職場で今度は所長によるセクハラや強要が普通にあった。営業所にいれば所長のセクハラパワハラ、支社に電話をすれば今度は大久保さんからのセクハラ…、心底嫌になった。

結局私はそこに1年いてその会社を辞めた。辞める少し前に原田さんが「高坂さんを励ます会をやろう!」と発案して大久保さんも呼ぶことになり、「高坂さんを励ます会」をやることになった。私個人の意見としては、どちらとも飲む気はなかったが、どちらかと言えば原田さんの方がまだいいという思いだった。そしてその席上でことの成り行きで大久保さんと連絡先を交換してしまったのだ。

 

無論私が会社を辞めた後も大久保さんは私へのセクハラ発言やでまかせ、虚言を止めなかった。この頃になると「妄想か?」というようなレベルだった。大久保さんは最初の頃こそ「高坂さんに職場で会えないのは悲しい」ぐらいの発言だったが、回を増すごとにエスカレートしていってひどい発言が目立つようになった。

「結婚したら俺に卵焼き作ってほしいなぁ」とか「今すぐ抱きたい!」とか「でき婚狙おう!」など。もう本当に妄想でしかないような発言が並んで私も気持ち悪くなった。そしてそんな中、大久保さんとその同期の方数名でスキーに出掛けたのだが、そこでも彼の私への態度は恐ろしいほどのものだった。他の人もいるのにいきなり抱きつく、キスしてと言う、手を無理やり繋ごうとする、体を触るなど。私にとっては地獄でしかなかった。そもそも大久保さんの同期の方は優しくて親切な人が多くて私も彼ら(大久保さんの同期の方々)を気に入っていた。だからスキーにはついていったのだ。

その後も彼からのセクハラや思わせ振りな態度がなくなるはずもなく、昼夜問わずしつこく思わせ振りな内容のメールが届く、電話がくるようになったので、私も普通に相手にする気を無くして仕返しを考えるようになっていった。

 

そこで思い付いたのは「偽ストーカー」というもの。偽ストーカー、それは散々思わせ振りな態度を私にしてきたことによって私が大久保さんに恋心を抱くようになったふりをするというもの。無論彼が私との交際を断れば私は表面上のストーカーとなるものである、

そして私は「好きになった!」と大久保さんに告白をした。しかし彼の答えは「友達以上にはなれない」というもの。

やはり予想通り、これまでの発言は全て思わせ振りな態度であり、虚偽だったということだ。もうここでそう分かった以上私は大久保さんに優しくする必要もないのだ。だからここでストーカーに成り済ますことになった。

まず、私が振られたという事実から始まり、私はそこでわざと大久保さんに「まだ好きなの、それにあなたは私にでき婚を狙おう!とか言ってたのにこれなの?」などと交際を迫ったのだ。もちろんそれは本心ではない。彼の口から出たでまかせや虚言を盾に私は彼に迫った。そしてそれもエスカレートしていき、ストーカーになりきってこれまでよりも更にきつく交際を迫ったのだ。

今まで私にはたくさん思わせ振りな態度や言動をとって、いざ蓋を開けたら「それらは全て嘘でした」となると私もバカにされた気持ちでいっぱいだった。だから思いきって私は仕返しをしようと彼へのストーカーまがいの行動を続けたのだ。

無論彼からストーカー呼ばわりもされた。けれどそんなものは痛くも痒くもなかった、女にそういう嘘を平気で言うような男に私は「女をなめるな!女も怒ると怖い」ということを教えてやりたかったのだ。

その表面上のストーカーはしばらく続き、私は自信の親友にも「私は裏切られたの!結婚詐欺だ」などと言って彼の悪口を吹き込んだ。親友だけじゃない、私の元職場である彼の職場の知り合いにも悪口を吹き込んだ。もちろん私は被害者であることを伝えて。こうして大久保の不祥事を私は職場にもバラしたのだ。

 

それからほどなくして私は彼が苦しんでいる旨元職場の知り合いから報告を受けたこともあり、彼から手を引いた。十分に報復しただろう、これで奴が反省してくれて他の女性に被害を与えなければいいのだが。そう思ったからだ。

女に散々嘘をつき、いざとなれば「そういうつもりじゃない」、「関西ではこういうのは当たり前」。そんなの私には関係のないことだ、人をバカにするんじゃない!なめるのも大概にしろ!

これで苦しんだ大久保を見て、私は快感だった。心で私は「もっと苦しめ!」と呟いていた。世の中は因果応報、自信の軽々しい言動が人を苦しめてその苦しみがいつか自分に返ってきた、それが大久保だった。

え?先生が・・・まさかの自殺?!

中学校3年生の2学期の終わりに、私たちの学校にいたある新米教師(以下藤山)が自殺をした。自殺をした時には別の学校に赴任していたのだが、実家が私たちの住む地域内にあったせいか、話はすぐに関係者の間に広がった。

その日は土曜日だった。当時土曜日でも午前中は普通に学校があったので、いつものように登校して教室内で生徒たちはいつもと変わらず友達とダベったり漫画を読んだりしながら授業開始を待っていた。そして土曜日の一時間目は美術、教科担任は学年主任の先生(以下加山先生)だった。そしてこの時間もいつもと何ら変わらない。加山先生が教室に入ってきて生徒は起立をして礼をしてと。そして授業開始となるはずだった。この日は当時仕上げていた絵画を仕上げて提出するという段階だった、しかし授業開始まもなく加山先生の口から藤山が数日前に亡くなったと告げられた。

起立!礼!着席!

いつもどおり授業が始まった。そこで加山は重い口調で話し始めた。

「お前ら、藤山先生覚えているか?・・・実はだな、藤山先生・・・亡くなったんだってな」

無論転校してきた生徒以外は藤山の存在は存知ている、言うまでもなくどんな先生なのかなども知っているわけだ。先生曰く藤山は数日前に死亡、確か私たちの住む地域から車で2時間ほどの場所に前年に転勤していったはずだと・・・。じゃあ転勤先で何かがあったのか?などという憶測もあった。驚きはしたものの、授業は授業でいつもと変わらなかった。加山先生の口から死因は語られなかった。

 

授業が終わって休み時間、いつもは騒がしいはずの生徒たちだが、この日は藤山の一件で持ち切りだった。

「藤山が死んだって!」

「うそ!マジかよ!!」

「加山が今朝の授業で言ってたんだ!」

というようなやり取りばかりだったが、藤山が亡くなった話は瞬く間に学年中に広がった。そしてここで自殺なのか病死なのかいろいろな憶測が生徒たちの間で飛び交った。死因について加山先生の口から語られていないこともあり、加えて藤山の死亡がテレビや新聞でニュースになっていないこともあり、病死か自殺かというような話にもなったのだと思う、それは当然だ。無論受験シーズンにこのような話で生徒たちは少なくとも動揺していただろう。

 

藤山という教師は、私たちが中学1年生の頃に新採用で私たちの学校に赴任してきた英語の女性教師だった。後に知った話だが、藤山自身は勉強ができるタイプであり、中学から大学まですべて首席で卒業したほどであった。そして藤山自身が長年夢見ていた中学校教諭になったとのこと。彼女は私が中学校1年の頃のクラスの副担任であったが、彼女は私たちのクラスの英語教科担任ではなかった。だから実際には授業は受けたことはないので、彼女の授業がどんなものだったかまでははっきり分からない。ちなみに友人のアスカやエリのクラスの英語は藤山が教科担任だったのだが、アスカたちから聞いた限りでは生徒から慕われるような教師ではなかったようだ。(余談だがあっこちゃんのクラスと私たちのクラスの英語担任は別の男性教師だった)

 

アスカ曰く、ある授業中。

私たちの学校の英語の授業はなぜか授業が始まる前に英語の歌をうたうというのが当たり前だった。例えばABCソングとかみたいなもの。そこで藤山がある英語の歌の説明を生徒の前でして、例を見せたかったのだろう自らうたってみたところ、一部の生徒に冷やかされて歌うのをやめてしまったのだ。それだけじゃなく彼女の授業はいつも騒がしい。そこで当たり前のように藤山が生徒に向けて「静かにしてください!」などと注意をするのだが、クラス内の騒々しさは収まるどころかエスカレートするのだった。まさに学級崩壊レベルだ。というのも藤山自身、決して明るい雰囲気ではなく常に顔に縦線が入っているような雰囲気で、いつも青白い顔をしておりやせ形で黒のおかっぱ頭。言い方がよくないけれど私自身「幽霊みたい、お化け屋敷に居てもおかしくない」と思ってしまったほどだった。たとえば集合写真を撮ると、彼女のところだけが周りとは明らかに雰囲気が違っている、心霊写真のように見えることがあったぐらいだ。

藤山は私たちのクラスの副担任ということもあって担任が不在の日のホームルームなどに藤山が顔を出す。だが、ここでもやはりアスカのクラスの英語の授業のようになってしまっていた。それもそのはず、迫力というものが全くなく幽霊のような雰囲気で声も常に小声でボソボソ話す感じだからだ。教壇にいてもやはり雰囲気的に教室の隅っこにぽつんといるようになってしまっていた。だから余計に正直少しうるさい教室内で彼女の声を聴こうとしても教室の真ん中あたりに席があったらすでにそこで聞こえないレベルなのだ。そんな彼女がホームルームで注意事項などの話をしたとしても、もはや何を言っているのか聞き取れず、結局彼女は何を話したかったのか・・・と思えるほどであった。ただひとつだけ覚えていることがある。それは担任不在のある日のこと、藤山が帰りのホームルームに現れた。そしてここでも騒々しいという言葉がぴったりな雰囲気の教室内ということもあり、彼女の言葉など聞こえるはずもない。だが当時教室前方の席だった私の耳に何とか入ってきた言葉は「万引きは犯罪です、遊びじゃないんです」というような言葉だった。ちょうど地元のある本屋が店内での万引きの様子を防犯カメラで撮ったものをビデオテープにダビングして販売していたというニュースがあったので、それに基づいた話だったのだろうと思った。この話を担任がしたとなれば皆が黙って聞いていただろう、だが副担任になったらこの有様なのだ。結局ほとんどの生徒がこの話を聞いていなかっただろう。

エリ曰く彼女のクラスの英語の時間もアスカたちのクラスの英語の時間と同じような有様だそう。まさに誰も授業を聞かないような雰囲気、それだけじゃなくうるさすぎる、先生が注意しても誰かが騒ぎ立てて皆大騒ぎといったような感じの悪循環。そしてそんな藤山も仕返しなのか何なのか、2学期の中間テストの問題を出題した際に私たちがまだ習っていないものを出題してきたのだ。藤山の授業を受けていない生徒、受けている生徒問わず「習っていない」ということが発覚するや生徒たちから藤山への反感は大きくなる一方で、授業妨害とも言える騒々しさは更にエスカレートしたのだ。

 

そして中学1年の離任式。そこには藤山の姿もあった、送られる側に。

藤山は別の中学校に転勤することになったのだ。この時は「あー、転勤になるんだ」ぐらいにしか思わなかった生徒の方がほとんどだろう。ただ、一部では生徒たちにいじめられるから自ら教育委員会に転勤を申し出たという噂もあった。さすがに真相は不明だが、新採用で赴任して1年で転勤となるとやはりよからぬ事情があったのだろう。

それから1年半強の歳月が過ぎて、その藤山が亡くなったというのだから本当に驚いた。新採用でうちの学校に赴任して一年で転勤、その後の話は不明だが転勤後1年半ほどで死亡だから余計に・・・。それだけじゃなく藤山の実家が私たちの住む地域であることから、生徒たちも驚きを隠せない。無論この話は後に生徒だけじゃなく父兄たちの間でも広がり、藤山が死亡した経緯が自殺であることが判明することとなった。生徒から親の順に話が伝わり、そこで詳細を知る人たちからの話が親を通じて生徒たちに伝わってきたのだろう。

 

藤山は自宅近くの空き地にある立木に縄を吊るして、そこで首を吊って自ら命を絶ったのだ。父兄からの話によると彼女のその遺体は見るも無残な状態で発見されたそうだ。その後葬儀が執り行われたのだが本当はそこにいるはずの藤山の兄がそこに参列しておらず、目撃者が言うには葬儀当日、兄は藤山の葬儀が行われている自宅から離れたところにいて、葬儀の様子をじっと見ていたそうだ。そしてそれだけではなく、藤山の兄はその時とある宗教の服を着ていたようだ。その宗教というのは当時反社会的勢力だと言われ、全国各地で殺人などのテロ活動をしていた宗教ということもあり、藤山の兄の話は単独で父兄から生徒の間に瞬く間に広がった。

現役中学教諭、実家が地元、自殺ということもあり、兄の宗教の話も相まってこの話は生徒たちの間というより父兄の間でしばらく話題になっていた。

 

受験シーズン中の事件であったこともあり、生徒たちが動揺するのは言うまでもない。だがその生徒たちを尻目に父兄たちの話はしばらく藤山の自殺と藤山の兄の話題だ。この話は私たちの卒業の年の離任式まで続くのだった。離任式に来た父兄たちもずっとこの話ばかりだった。

要らぬ新年のご挨拶

年賀状、それは普段お世話になっている方々への感謝の気持ちと今年もどうぞよろしくという挨拶のようなものだと私は考える。むろんそれは幼き日に両親から教えられたことでもある。あんなにとんでもない考えの両親でも、このようなことは厳しく教えてくれた。その点は感謝している。

 

私自身も両親の教えどおり年賀状を親しくしている友人や仲間に送るのだ。それは小学校に入った年から毎年行っている。小学校、中学校、高校となれば本当に自分と仲の良い友達がメインで担任の先生やお気に入りの先生などもそこに加わる。それだけじゃなく人によっては塾の先生などにも年賀状を出すこともあるだろう。かくいう私は小学校4年生からは通っていたそろばん塾の先生にも出すようにしていた。そんなわけでやはり共通するのは「年賀状を出すのは本当に親しい友人や良くしてくれる人たち」なのだ。この考えは今でも変わることがない。

 

そんな小学校6年生の頃の話だが、これだけはどんなに忘れようとしても忘れられない1通の年賀状があった。

私はその年の年末に母に「あんたの分のハガキ、何枚必要か教えて!お母さん年賀はがき買ってくるから」と言われており、学校から配られたクラスメイトの名簿を見て出す人出さない人と選別をしていた。これ以外にも他のクラスに在籍していたアスカやあやぽんにも出すことは決めていたので、選んだクラスメイトプラスほかのクラスの友達数名という感じになるのだ。そこにそろばん塾の先生なども加える。その結果だいたいいつも15枚から20枚は出していた。そして算出された枚数を母に申告してハガキを買ってきてもらうようになるのだ。

さて、私が選んだクラスメイト。ここには無論いつも一緒に遊ぶエリやあっこちゃんがまず出てくる。そしてその次に親しい友達が数名、担任の先生と続き、ここに他のクラスの友人であるアスカやあやぽんが加わる。これで学校関係者は終わり。そして更にそろばん塾の先生が加わるのだ。そして母からハガキを受け取り、思いのまま年賀状を作っていく。私は毎回この作業が楽しくてたまらない。むしろ年中行事の中でいちばん好きな作業なのだ。カラーペンやカラフルなシールを手元に置いて、イラスト図案集やアニメキャラのハンコも手元に置く、そして楽しくデザインしていって完成させるのだ。当時はパソコン等無い時代であり、人によってはプリントゴッコなどを使う場合もあったが、我が家にはそんな小洒落た代物などあるわけもなく、ひたすら手書きで全部仕上げていくのだ。だがそれも子供心ながらに楽しくてわくわくするものでもあった。だからこそ、本当に心から大好きな友達や仲間に送りたい、そう考えている。

そんな楽しい気持ちで作成された年賀状、このまま家族のものとともに郵便ポストに投函される。ここでもまたわくわくするものである。それは、楽しく作った年賀状が大好きな友達の手に渡ることがこの時点ですでに楽しみになるからだ。

 

だが、年が明けて私は心底幻滅するのだった。

年は明けて1月1日。

郵便屋さんに配達された年賀状を母が持ってくる。そしてその中から私宛のものを母が私に差し出す。それを受け取る私。エリやあっこちゃんからも届いている。エリからの年賀状は親御さんが印刷所に頼んだようなデザインのものであるが、本人からの直筆のメッセージが書かれていた。そして可愛いシールも貼られている。これだけでほっこりしたのだ。次に手に取ったのはあっこちゃんからの年賀状。可愛いキャラクターものが好きな彼女だけに年賀はがきのデザインも彼女の大好きなキャラクターで統一されていた。そしてエリと同様に本人の直筆メッセージが書かれていた。どちらも共通するものは「今年は小学校卒業だね、いっぱい遊ぼうね!」などというようなこちらが読んでいて嬉しくなる一言だった。

続いてアスカからの年賀状、こちらもアスカらしく一生懸命ペンで描いた少女漫画のキャラクターがあった。そしてメッセージには「これからもずっと仲良くしてね。結婚式もお葬式も呼んでねー!」という笑える一文が。お葬式という単語が良くないとされるだろう、だが私はお葬式にも呼んでねというアスカの一言、それは彼女なりに大切な友達に送る大切なメッセージであるとわかっていたのだ。というのも私は彼女のメッセージを「お葬式まで付き合える大切な仲間」と解釈した。それは死ぬまで大切な友達だよというものだろう。私は心の中で「ああ、呼んでやるよ!どっちも呼んであげる!」とつぶやいた。他にも数名の友達が続く。

 

そしていよいよ最後の一枚・・・。

差出人の名前を見ると・・・、そこには私が送った覚えのない名前があった。この年賀状は朝子からだった。本当に驚いた。正直彼女とは意見が合うことすらなく、性格の悪い彼女を私は友達だと思うはずもない、そのような背景から言うまでもなく私からの年賀状は出していない。正直彼女のためにハガキ代すらもったいなく思うのが本音だった。たとえ10円でも50円でも、朝子のためになんて払いたくない。今まで彼女は私にさんざん意地悪をしてきたうえに私の私物を盗んで何食わぬ顔をしていたこともあり、更には私に向かって「死ね」とまで言ったからだ。そんな人に簡単に「死ね」などと言う奴など私の友達ではない。同じクラスというだけで仕方なくクラスメイトしてあげているだけである。そんな朝子からの年賀状・・・果たして何が書いてあるのか。

 

裏面を見た私は唖然とした。朝子からの年賀状、そこに書かれていたもの・・・

「汚くてごめんね!」

その一文の添えられたハガキには、明らかにスタンプを押し間違えたかのように何度もブレて押してあるスタンプ。そしてインクでシミだらけになって、もはや何が書かれているかすら良く分からない「書き損じ」と思われるハガキだった。「ぐちゃぐちゃ」「単なる落書き」という表現がぴったりだった。

わざわざそんな年賀状を私に送り付けるその神経、いまだに理解できるものではないのは言うまでもない。年賀状も決してタダで送れるものではないのは彼女も知っているはず、それなのに書き損じたハガキをわざわざ私に送り付けるなど、正直悪質な嫌がらせとしか思えずハガキを見て私は送り主の朝子に対して強い殺意が沸いた。怒りも呆れも通り越して、その感情が「殺意」になる瞬間を初めて実感した。それと同時にお金を出してまで人に嫌がらせともとれる行動をする朝子を心底哀れに思った。本当に新年から嫌な思いをしたものだ。

 

今思うとおそらく朝子は私に書き損じたハガキを送り付けて、新学期が始まってからわざと私に「年賀状送ったんだから感謝しなさいよ!送ってあげたんだから!」とでも言おうとしていたのだろう。その予感は新学期になって見事的中した。

 

新学期になり学校に登校した私、教室には朝子と則子、そしてマミがいた。正直厄介な連中であったので私は挨拶すらせず無視をした。そしてその後ろにいた私と実際に仲の良い真琴と明奈とさくらに大きめな声で「おはようっ!元気だった?」と声をかけた。そこで彼女らと楽しい世間話や年賀状ありがとうね!というような会話が始まった。至って当たり前な光景だった。だが、それはその数分後に朝子らに見事に壊されるのだった。

私は明奈と冬休みの出来事の話をしていた。それを脇で聞く真琴とさくら、そしてエリとあっこちゃんもその場にいた。私は親戚の家に行った話をして、真琴はディズニーランドへ行った話をしていた。エリは家に親戚がたくさん来て楽しかったなど本当にほんわかするものだった。そこにズカズカと入り込んできたのは朝子だった。開口一番に彼女は私に得意げにこう言った。

 

「年賀状さぁ、私あんたに送ったでしょ?届いた?わざわざ送ってあげたの、だからここでありがとうって言ってほしいなぁ」と。

 

わざと書き損じたハガキを送り付けたうえに感謝しろだと?それを私が心から感謝するとでも思っているのか?朝子の考えを裏付けるかのように朝子の後ろでは則子とマミが私を見てクスクス笑っているのだ。明らかに人をバカにしたような笑いだ。私は無視を徹底しようと彼女らの視界から逃げようとエリに「向こう行ってお話しよう!」と言って周りにいたエリたちとともに教室の隅に移動しようとしていた。すると今度は則子が「私ちゃんひどい!無視した!せっかく話かけてやったのに何それ~」といかにも自分らが被害者だというような言葉を発してきた。ここで私は無視を徹底することをやめた。

 

そしてランドセルの中から私は朝子からの年賀状を取り出して、朝子にそれを差し出した。

「はいっ、朝子ちゃん!あたし朝子ちゃんから年賀状もらったのにこっちからお返しの年賀状出すの忘れちゃった~。だから直接手渡しでもいい?」

という一言付きで朝子の顔の前に彼女が出した年賀状を突き付けた。そしてその年賀状を見た朝子、一瞬にして顔が真っ赤になった。そして

「ちょっと何よこれ!私があんたに出してあげた年賀状でしょ?しかもこっちは一生懸命書いたんだよ!それなのに・・・」

と顔を真っ赤にして怒り出した。ここで私は嫌がらせには嫌がらせで返してあげようと考えた。そしてそのハガキを右手に持ってその手を上にあげて

「ねぇみんな!これ、愛情がこもってると思う?こんなハガキもらってうれしいと思える?どう見ても失敗したやつだよね?そう思わない?」とその時教室にいたクラスメイトたちの前でわざと大声で言った。すると私のもとにわらわらとクラスメイトが集まってきた。そしてハガキを見るや各々が

「これ失敗したやつ?」

「うわぁー、きったねー!」

「汚くてごめんね!なんて書くぐらいなら出さなきゃいいじゃん!ハガキ代もったいねー!」

「いじめじゃん、これ」

「これで年賀状?サイテー!」

「こんなの受け取って嬉しいか?私だったら友達やめるね」

と言い出した。実は私はクラスメイトのこの反応を見たかったのだ。うれしいことにあっこちゃんがここで一言・・・

「あ、うちにも朝子ちゃんから年賀状届いてたけど。普通にスタンプ押してあって今年もよろしくね!って書かれてたよ。うーん、私ちゃんに送ったのとは違うね」

続けてエリも

「うちにも私ちゃんみたいなやつじゃないのが届いてたよ。けど、人からもらった年賀状をこうして持ってきてバカにするのってどうなの?朝子ちゃんかわいそうじゃないの?」

と、ここでエリが朝子をかばう発言をした。だが私は

「エリ、あんたバカなの?そういう問題じゃないんじゃない?あんたがこういうハガキ受け取ったらうれしいわけ?これ、だれが見ても嫌がらせと思えるでしょう?少なくとも私が朝子と友達でもこんなことされたらいやな気分になるね」

とエリのお人よし発言を一蹴した。仲良しのエリにそう言い放ったのも本当に頭に来ていた末の行動であった。するとここに学級委員長の良樹が来て

「私ちゃんのやり方は確かによくないけど、俺もきっとこんなもんもらったら同じことするね」

と朝子に向かって言い放った。すると朝子はさらに顔を真っ赤にして

「伊藤(良樹の苗字)くん!学級委員だからっていばんじゃないよ!私だって一生懸命に書いて・・・それで私ちゃんは友達だから年賀状出しただけなのに・・・」

と言い出した。そもそも私は朝子を友達だと思っていなかった。

本当に往生際が悪く、ここでも噓泣きをしだす朝子。朝子の泣く姿を見て私は嘘泣きだと見破った。彼女は嘘泣きをするとき、いつも平手で顔を覆う。彼女が本当に泣いているときはこんなことをしないのだ。そして何よりも泣いている時にいつも顔は真っ赤ではないので、私はすぐさま「嘘泣きして同情を買おうとしている」と確信した。そこですかさず私は

「おい朝子!嘘泣きしてんじゃねーよ!」

と怒鳴りつけた。そこで私の怒鳴り声に驚いた朝子が顔を上げた、涙など流していない・・・やはり嘘泣きだった。そしてここで則子とマミが

「私ちゃん何朝子をいじめてるの?一生懸命絵をかいても失敗する場合だってあるでしょう?朝子はそれでも一生懸命だったんだから!」

とこの期に及んで朝子をかばう。確かに絵が下手だったり趣味が悪いというのは当てはまる。だが、ほかに朝子から年賀状を受け取った人がその現物をもっていればここで証明できるのだが・・・、と思った。

 

神様はやはり見ていた。ここであっこちゃんが口を開いた。

「そういえば朝子ちゃんからの年賀状、あたし持ってるよ。これね、クラスの友達から届いた年賀状。そんでね、これが朝子ちゃんから届いたやつ・・・」

と朝子からあっこちゃんに届いた年賀状を取り出してみんなに見せた。すると一同

「桃井(あっこちゃんの苗字)に届いたの、普通のじゃん!」

「なんだよこの差・・・、酷いね」

「やっぱり私ちゃんに出したのって失敗したやつなんじゃね?それをわざと送り付けたんだろう?」

「うわぁー、やっぱり!これで今度は送り先間違えたとか言い出すんじゃねぇの?」

「ハガキの交換料ケチったんじゃねーの?ケチくせぇなぁ、朝子ドケチー!」

「ねぇ朝子ちゃん知ってる?失敗したハガキは郵便局に持っていけば白いハガキと交換してくれるんだよ?けどタダじゃないけどね」

この瞬間、私はあっこちゃんに心から感謝した。というのも近くにいた彼女が何故だか理由はわからないが偶然クラスメイトからもらった年賀状を持っていたから、その証拠をみんなに見せることができた。そして私の言うことが決して理不尽な言いがかりではないことも証明できたからだ。

 

やはり朝子は確信犯だった。

失敗した年賀状をわざと私に送り付けた、その証拠に他の人に送ったものが私に送られたようなひどいものではなく、しかもわざわざ「汚くてごめんね!」などと書かれているものでもない年賀状だったからだ。そして朝子には明らかに「失敗したハガキを間違って送った」とか「もともと絵が下手」とかそういう理由があるとは思えないと私は知っていたから、今回この私に送られてきた年賀状を本人に突き出して事情を聴こうと思っていた。というのも、朝子は本当に絵が下手なのではない。普通レベル程度である。本当に絵が下手であれば図画工作の授業で描いた絵でも何を描いているのかわからないようなものを普通に描くだろう。だが朝子は決してそうではないのだ。ある日私が描いたイラストに色鉛筆で色を塗りたいというので、私はあえて朝子に色鉛筆で絵に塗ることを許したところ、色を塗るのに線からはみ出すわ色使いは雑だわとひどい有様だったのにも関わらず、エリやあっこちゃんの描いた絵に色を付けたいと言って色を付けた時には丁寧に色鉛筆で色を入れていたのだ。だから元から絵が上手ではないなどそういうことは決してないはずだ。私にしたことはわざとであった。まさにこれは人間性の問題だろう。

 

人によってあからさまに態度を変えたり対応を変える、差別をするなどこんなに腐った人間性が出来上がるのか・・・。朝子は本当に腐った人間性の持ち主でしかない、と今でも思う。平気で私の悪口をわざと私が聞こえるように言うのは当たり前、何も知らないくせに私にしきりに「貧乏」とか「乞食」や「クズ」とか「ゴミ」などと言ってくる。極め付けは私がそれに対して怒っているとなると、素直に謝罪するのではなく「ねぇ~、ごめんよぉ。許してぇ~」などと人を馬鹿にしたような謝罪をしてくる。言うまでもなくその後反省の色などない。そもそも謝罪云々というよりも、人に平気で「貧乏」だの「乞食」だの言える精神自体本当に人間性を疑う他ない。

ここに書くこと、実際に朝子に言われた台詞である。(注意・カッコ内は私の本音である)

・人間のクズ(誰がだよ!)

・社会のゴミ(だから誰がだって!)

・町内のゴミ(ははーん、町内のゴミですか。だったらお前は核廃棄物だろう?)

・奴隷(現代の日本に奴隷制度はありません)

・頭おかしい(頭おかしくて結構!少なくともお前に迷惑かけてないし)

・知的障がい者決定!(障がい者差別か。こんなことを思いつくなんて明らかにお前の人間性に難ありじゃん)

・(日本史の授業で出てきたときに)えた・ひにん(これさぁ、芸能人や政治家とかが言ったらニュースになるレベルでしょう。下手すればその発言ひとつで社会的地位を失うぞ)

・貧乏人(あーはいはい、貧乏でごめんなさいねー)

・乞食(明らかに差別語です)

・物乞い(お前がだろう?事実厚かましいし。それにお前に言われる理由なんてない)

・流行遅れ(ファッションセンス云々以前にお前の脳みその中の方が相当遅れてるわ。そもそもマミがいないと何もできないくせに)

・私ちゃんの名前がかわいそう。同じ名前の人が本当にかわいそうだよね(そういう発言をするお前と同じ名前の人の方がかわいそうです。お前のせいでいじめに遭う危険性すらあるんじゃないですか?)

 

ここに書いたものはほんの一部ではあるが、こうして書いていくとわかる通り本当に人間性を疑うほかない。そんな朝子から届いた年賀状のおかげで新年から嫌な思いをしたのだった。そもそもそんな嫌がらせをする気力があるんだったら自己啓発にでもその気力を使ってほしいものだ。

 

そんな朝子は堂々と名前を言えない高校に進学するなど、決して人が羨むような道に進んでいない。因果応報だろう。

 

強敵、現る!

入社3年目の年は今まで通っていた支社ではなく、最寄駅から電車で40分ほどの町にある営業所勤務になった。支社の仕事よりも営業所の方が厳しいとは聞いていたが、通勤のことを考えると私にとってはこれでよかったと思えた。上長からは今後の私の成長にもいいだろうとも言われた。そこでちょうどその営業所で内務の人間がひとり辞めることになっていたので、その後任という形で私はそこに赴任した。と、ここまではまだよかった。その年からは営業所の所長も新しく変わった。これがそこでも私の人生を大きく狂わせるものになってしまった。

 その所長はやり手であり仕事が出来る人であった。だが、人間性は本当におかしいとしか言いようが無いほど歪んでいた。今で言うパワハラ、セクハラは当たり前。見ていても聞いていても飽きることが無いほど完璧なオレ様っぷりを見せてくれたものだ。実は私の口からそう言ってしまうのも非常に心苦しいところである、だがこれ以外の表現が見つからないのも現状だ。だからここでは「完璧なオレ様」と表現しておこう。加えて人によって平気で態度を変える厄介な性格の持ち主だった。たとえば支社長や重役ポストにいる人間には常にへこへこしているが、自分よりも立場の低い人間に対しては横柄で更に言うなら横暴。本当にうんざりするほど面倒なタイプだった。それまでは厳しい人と人づてに聞いていたが、まさかその人の下で働くようになって心身ともに壊れるだなんて当時の私は想像も出来なかっただろう。

 

 まず、この所長(以下高倉)の前ではプライバシーが無いにも等しい。たとえば家族構成や預金残高などの個人情報から始まり、親しい友人の情報、そしてここからが厄介で付き合っている人がいればその人についても詳細を話せとうるさいから本当に嫌になる。そしてこの話をタチが悪いことに仕事中にしてくる。日常業務に支障をきたす・・・。これだけではない、新人や若い社員は必ずと言っていいほど、この所長の標的にされるのだ。というのも中堅社員、特に女子社員でもお局様レベルの女子社員や若くても主任の肩書きがある男性社員には絶対に手出しはしないのだ。無論その人たちに対しては陰口を言っても決して暴言は吐かない。では、新人や若い社員に対しては、というと・・・本当に耳を塞ぎたくなる、目を伏せたくなるほど酷いものだ。私の一年後輩の新人社員(男性)に対しては見るや面と向かって暴言を吐くというように、見ているこっちが辛くなるようなものだった。高倉から暴言を吐かれた新人社員の方は「あの人は仕事に厳しいから」というのみであり、何も事情を知らずに見ている者からすればかわいそうの一言に尽きるのだ。まさにブラック企業で働く社員のような感じだ。

 そして高倉の下で働くことになった私、言うまでもなく彼のストレス解消のはけ口(と言った方が正しいのかな・・・)のような・・・暴言の標的にされたのだ。

 

ある業務中の出来事である。私は新規の保険契約関連の仕事を担当しており、いつものように書類を手に取り不備がないか確認作業をしていた。その傍らで初回の保険料と領収書の控えを受け取って会計処理をしていた。だが、そういう場面でも高倉は私に「なぁお前、彼氏いるのか?」と質問をしてくる。私も最初は適当にあしらっていたのだが、10数分置きというぐらいに高倉は私に質問をしてくる。正直鬱陶しい・・・。そして質問に答えないと高倉はいきなり怒鳴りつけてくるのだ。無論私が質問にちゃんと答えるまでそれが続くのだから本当に質が悪い。ここでたとえば正直に答えたとしよう、近くにいる外交員のおば様たちにも言いふらされてしまうのだ。言うまでもなく私もその被害に遭っている。当時かりそめとは言え付き合っている人間はいたので、「いる」と答えている。だが高倉的には私に恋人がいるのかいないのかと、それだけが必要な情報ではない。恋人の名前だったりどういう職業なのか、どこに住んでいるのかなども必要なのだ。聞かれる側からすれば決して気分のいいものではない。己にはプライバシーというのが無いのか?と思えてしまう。さらには恋人の連絡先を教えろだのと言い出す始末、何をしたかったのだろう。いまだに謎である。

また別の日には「恋人の写真見せろ」と始まったのだ。高倉という男が本当に何を求めてそのような行動に出ているのか、ますます分からなくなった。半ばうんざりし始めている私は適当に恋人の写真を見せておいた。とりあえず「かりそめ」だしと、本当にそういう気持ちでしかなかった。その後どうなるのか、当時の私はまだ知る由もなかった・・・。

 

「写真見せろ」事件から数日後、出社したら高倉がいた。いつもは就業時間ギリギリに来るのだが、この日は珍しく早い出社だったのだ。

「おはようございます」

といつもと変わらない挨拶を済ませる。高倉も挨拶をするのか?と思っていたが、高倉の口から出たのは

「お前の彼氏、バカなんじゃねぇの?頭悪そうな顔してんもんなー」

などと明らかにバカにしたような発言を、薄ら笑いも付いてしてきたのだ。それだけではなく、支社にいる課長や支社長などにもこの話はいつの間にか言いふらされてしまい、誰もが知る一件となってしまったのだ。だから支社長や課長が私のいる営業所に来ると必ずといっていいほど私に彼らは「彼氏いるんだって?」などと平気で質問をしてくる。ここでも最初は適当にあしらっていたのだが、何度も同じことをされているとげんなりするものだ。だが、それだけでは終わらなかった。

 

ある日のこと。その日は遅くまで残業をしていた。そこで高倉は私と主任を食事に誘ってきた。この日は支社から別の主任が来ていたこともあって普通に居酒屋に出かけた。居酒屋までは少し離れているということもあって、この日はタクシーで移動することになった。その道中、私は終電で帰ると自宅に連絡を入れたのだが、こともあろうか高倉は私の手から携帯を取り上げて私の母にいきなり挨拶をし始めた。

一瞬のことで私は混乱した。高倉曰く一度両親に挨拶をしたいとのことだった。そもそも私はこの時点で成人しているうえになぜ両親に挨拶なのか、理解できずにいた。高倉曰く「昔いた営業所にいた事務員が問題起こしてそれで俺はその厄介ごとに巻き込まれた。だから俺としては事務員の情報を把握しておく必要がある!」というのだ。

それは私が厄介ごとを引き起こす前提だということなのか?高倉の行動は確かに一理あるのかもしれない、だが、「いち事務員の情報を把握する」にしては度が過ぎているとしか思えない。というのも私のいた営業所にはもう一人事務員がいるのだが、彼女の情報は私ほど聞いていないからだ。少なくとももうひとりの事務員の方は独身であったが当時40歳近くで副主任という肩書があったからなのか彼にとって私ほど興味のある人物ではなかったのだろう。だから彼女の情報は住んでいる場所ぐらいしか把握していなかったはずである。無論私に対しても把握する情報をそれぐらいにとどめておいてもらえれば私も高倉をここまで嫌わずに済んだと思う。

実は高倉は、自身が赴任してきた最初の日に私と事務員にギフトを持って挨拶をしていた。ここまでは普通にありがちな場面である。主任には特に何も言わなかったのだが、私には「嫌いにならないでね」と言ってきた。いったいこれはどういう意味なのだろう?と当時の私は考えていたが、それがその数か月後になって現実のものになってしまった。

高倉の元で働くようになって2か月強、私の中で彼は本当に大嫌いな人間になっていた。そして同じ空間にいるのも嫌になり、業務に支障が出るようにもなってしまった上に過食に走るようになってしまった。無意識のうちに食べるようになり、そのあとにはトイレで吐くという行動が出てくるようになっていた。無論生理も止まり、肌もボロボロになっていった。そして毎朝高倉を含む同じ事務所内の人間にお茶を淹れていたのだが、高倉にお茶を出す時には私は彼を無意識ににらみつけたり表情がなくなっていった。ひどいときには舌打ちもするようになっていった。もちろん高倉もこれに気づいて私を咎めるのだが、私は彼の相手をするのも負担になっていたこともあり、次第に犯行するようになった。たとえば「それって暴言じゃないんですか?」だったり「高倉さん、あなた横暴なんですよ。これじゃ私があなたを心底嫌いになるのも時間の問題ですよ」など、心の声が現実の声となって私の口から繰り出されていくのだ。しまいには「セクハラで訴えますよ」とまで。

不運にも当時私のいた会社では女性の立場は本当に弱いもので、そのせいもあってかセクハラやモラハラなどを相談する部署など無かった。そのために私はどんなに高倉らからひどいことを言われても結局は自分の中で押し殺して、言われることされることに対しては歯を食いしばって耐えるしかなかった。だが結果的にはそれは私の身も心もボロボロにすることとなった。

過食や反抗だけならまだしも、最終的には職場のトイレでリストカットも繰り返すようになっていった。それもわざと目立つような場所にナイフで傷をつけるというようなことの繰り返し。それだけじゃなく、ある休日にそれまでは左右の耳にひとつずつしか開いていなかったはずのピアスが1つずつ増えていった。自分で開けることも考えたが、こればかりは病院でちゃんと開けたが・・・。この行動は高倉以外の目には普通に見えていたようだ。

そんなある日私の同期でもある主任(こちらは旧帝大卒で私よりも年上)と話をする場面があった。そこで書類を手にする私の手首に彼は目が行ったようで

「私さん、その傷どうかしたの?」

と聞いてきた。そこで私は正直にリストカットをしていることを告白したのだ。その時の私は

「こうしていると、落ち着く」

と何の躊躇もなく言った。けれど主任は私を責めるわけでもなく問い詰めるわけでもなく

「実は前から気づいていた。明らかにここに来た時より顔色も悪いし、それに目つきも変わった。笑い方だって全然違うし、あとは腕とかに傷があって、それが増えていっているだろう?まさかとは思ったけど・・・やはり」

と言って口を噤んだ。その後私は何を言ってどうなったかまでは覚えていないが、その後どこからかそれが高倉の耳に入ったことは覚えている。

 

そんな中高倉が突然私を呼び出した。私は一体何が?という思いというよりは今度は密室でセクハラでもされるのかと思い、身構えたまま高倉の待つ会議室へ向かった。会議室に入るや高倉は私に

「手首を見せろ」

と言ってきた。正直ここでもセクハラするんだろう!と私は思っていたが、そこで普通に私は手首を見せた。すると

「ああ、これだな。お前、そういう考えをしていたのか」

と高倉は突然口を開いた。私は半分拍子抜けして

「それは、どういう意味ですか?」

と聞き返した。

「自殺なんて考えちゃいけない、たとえ辛いと思ってもそれだけはダメだ」

と、今までの高倉じゃないような発言をした。だが私は彼に気を許すつもりはなく、ずっと警戒していた。

「自殺ですか?そんなこと全然考えてませんけど」

「じゃあなぜ手首を切るような真似をするんだ?」

「癒されるからです」

その後結局口論となってしまった。正直そんな事はどうでもいい、と思っていた。だが、やはり高倉自身も私の異常には気づいていたのかもしれない、それもこんな見た目ですぐに分かるような形で。

 

その数日後である週末、主任は私を突然食事に誘ってきた。断る理由などないので、主任と食事へ行くことにした。そして会社近くの居酒屋に到着すると、支社時代の後輩がひとり席で待っていた。そこに合流する形で酒を飲みながら食事をすることに。主任曰く最近の私の様子がおかしいことにはだいぶ前から気づいていたが、自分ではどうすることも出来ないし社内であれば尚更ということで、後輩とともにこの日の飲み会を設定したのだそう。無論私には内緒で。普段は高倉に散々な目に遭わされていても味方は実は近くにいた、そう思うと心底安心できるものであった。

 

 正直私はどんな立場にある者でも「オレ様」キャラが苦手、むしろ大嫌い。弱いものに対して威張り散らして強いものに対しては・・・、となると本当に受け付けない。生理的に無理である。

恐怖のバレンタインデー

正直職場でのバレンタインデーなど強制参加になる行事は大嫌いだ。というよりも生理的に受け付けない、と言ったほうが正しいかもしれない。

というのも、職場で同僚の男性社員の方に日ごろのお礼も~と言うものの、結局は全員で強制的にやらないといけないものでもあるからだ。まさに小学校のPTAと同じようなものである。正直そんなものは個人でお世話になった方々に渡せばいいのでは?とも思えて仕方がない。そもそも好きでもない相手にまで「バレンタインだから」といってチョコを渡せなんて死んでも嫌だ。無論それが女子社員全員で集金してそれで買って渡すとなっても自分自身が払ったうちの数パーセント分はその大嫌いな相手にも渡ってしまう、そう考えるだけで虫唾が走る。そしてホワイトデーにはその嫌いな相手も含む男性社員たちからのお礼が届く。本当に面倒で気持ちの悪いイベントでしかないと思う。

 

そんな私とは正反対で、このイベントに情熱を注ぐ先輩方がいるのも事実であった。やはりその方々たちが口を揃えて言うのは「日ごろのお礼。うちの伝統行事」。確かに日ごろのお礼は大事だが、そんなことだけで個人的に関係のない人まで巻き込んで日ごろのお礼などする必要があるのか無いのか・・・、悩むところである。最近ではこういうイベントは行わない企業も増えている。無論金銭的な負担を強いられることや、貰えた貰えないというようなものが背景にあるからだ。更には個人的にお礼としてチョコを渡す方もいるからでもあるだろう。それからホワイトデーのお礼もしないといけないというような事情も含まれているようだ。

だが、私のいた職場ではそれも普通に行われていたのだ。それも先輩たちが言うには「何年も続く伝統」というものでもあったのだ。昭和の雰囲気を引きずるその職場なら無理も無いのだが。

強制的に数千円単位のお金を集めて相手にチョコを無理矢理送りつけるようなこういう企画自体、伝統なんて単語で表現すること自体おこがましくも思えるが、やはり先輩たちはそれを大事に思っていたのだろう。だが私はどんな理由を付けられてもそんなものには参加したくなかった。面倒だからという理由もあるけれど、大嫌いな相手にも渡すということが死ぬほど嫌だからだ。それに強制的に集金までしてチョコを買って渡すことまで全て新人に押し付けるというのが許せないからだ。どうしてもやりたければやりたい人たちだけでやればいいのだ。それか部署ごとにすればいいのではないか・・・とも思う。それに宴会の幹事や毎朝のお茶汲みなどもしているうえにこれ以上「新人だから」という理由で何をしろというのか・・・。

この職場ではやはり昭和の雰囲気そのものだった。業務自体もそうだが、新人は宴会の幹事などのほかにも業務内で毎朝同じ部署のデスクを雑巾掛け、全員分のお茶汲み、しかも全員決まった湯のみがあってそれを覚えて配らないといけない。このお茶汲み自体、朝だけではなく昼休みのランチの時も先輩たちにお茶を出さないといけないというのも付いて回った。それから各営業所から届く書類や郵便物を分けるのも。本当に新人イコール雑用係というものが普通だった。それからお茶汲みも書類を分けるのも掃除をするのも、男性社員の吸うタバコの吸殻(当時はオフィスで普通にタバコを吸うのが当たり前だった)やその灰皿を洗うのも、実は女性社員の仕事だった。女性というだけで何でも雑用はしないといけない、それ自体「昭和」である。だからこそこのバレンタインも女性社員全員でとなるのだろう。

 

そんな中、入社2年目の私にそのバレンタイン係のお鉢が回ってきたのだ。前年は私より2年先に入社した先輩ふたりが集金からチョコを配るまでをやっていた。だが私の回は私ひとり。本当に厄介だし、それといった引継ぎもされなかったこともあり、更には入社した当初からこのイベント自体を毛嫌いしていたこともあり、私の回はやる気も起きなかった。「伝統」だというのなら先輩たちから引き継ぎがあってもおかしくない、だがそれも無い。それなのに「伝統」を語られるなんて、このイベントなんてその程度でしかないのだろうとまで思えたぐらいだ。

バレンタインが近づいたある昼休み、私は産休明けの同じ部署の先輩と話をしながらランチを取っていた。私の教育係をしていた先輩なのだが、産休明けてみたら前よりも穏やかな雰囲気になっており、以前よりも話がしやすかったので、よくランチで会うとその先輩とよく話をしていたものだ。そこで偶然にもその会社でもバレンタインの話が出てしまい、先輩からは「今年は私さんの番でしょ?」と言われてしまったのだ。しかし、私はその話が出るまで前年の先輩から何の話を聞いたわけでもなく、正式な引継ぎも行われていない。無論勝手など分かる筈もない。先輩には「引継ぎすらされていないので、私も正直どうすればいいのか、というところなのですが・・・」と言ってその場はごまかした。その心の中で私は「まだやってたんだ。正直私の時はやらずに終わってほしい」と思っていた。

けれど事態はこのままで済むはずもなく、仕切り屋のある別の先輩から直々に呼び止められてその社内でのバレンタインデーの贈り物がいかに重要かを語られてしまい、その日は渋々集金をして業務時間内に外出をしてチョコを買い、男性社員全員にチョコを配り歩いた。この日は連日の残業で疲れて風邪を引いて熱も出していたというのに、この要らぬ伝統行事のせいで遅い時間まで残業となってしまった。

 

そしてそれから一か月後、今度は男性社員側からのお礼と称してホワイトデーのギフトが配られていた。ここでもやはり男性社員側の新人がすべて取り仕切っているのかと思えば、そのひとつ先輩の社員とともに集金をして買い物に出かけてという状況だった。やはりこういう場面性別によっていろいろと違うものなのか?と思ってしまうぐらいだ。

 

前記のとおり、このようなカレンダーにある行事でも直接業務に関係が無いようなものは小学校のPTAと同じようなものではないのか?と思う。任意でもいいものをすべて強制にしてしまい、嫌がる人間を弱者に仕立て上げていじめるようなものである。そもそもPTAも社内のバレンタインデーも任意であるはずのものだ。これらのどちらにも共通するものだが、やはり仕切りたがる人間が必ずひとりいてその人の逆鱗に触れるようなことがあれば、仲間外れにされたりいじめられたり。無論その仕切りたがりがリーダーになることが多いので、リーダーに目を付けられたくないと周りは一生懸命リーダーの顔色を窺い気に入られようと必死になる。そしてリーダーが目の敵にした者は自分らの敵と言わんばかりにひどい仕打ちをするように・・・。いい加減にしてほしいものだ。

ちなみに昨今の社内バレンタインデー事情は、私のいた職場とは違い殆どその行事自体が無くなっているそうだ。というのもやはり金銭的負担だったり各々の人間関係が大きく影響しているようだ。加えてバレンタインデーに社内の女性からチョコレートを貰ったとしてもホワイトデーには必ずお礼をしなくてはいけない、そのお礼のギフトはチョコを貰った当人が選んで買うわけではなく大抵の場合奥様が選んで買うことが多いなど。ここでもやはり奥様のセンスが問われるなど、要らぬものがまた付いてくるわけで。それに社内で上層部が決めたものでもなく、社員が任意と言いながら強制で行うことも問題視されているなど。そもそもカレンダー上ではバレンタインデーはあるものの、社内で上層部が決めて全員がそうしないといけないものでもないこともあり、現在では業務外という扱いになっているという事情もあるようだ。

私は正直社内でのバレンタインデー強制の廃止には賛成だ。会社は仕事をしに来る場所であるので、このような業務に必要のないものはいらないからだ。どうしても個人的にお礼をしたいのであれば、個人でやればいいのだ。「みんなと一緒」なんて必要ない。

続・狂った人生

新人時代は本当に嫌なことばかりだった。正直嫌過ぎて頑張ろうという気持ちなど微塵もなかった。入社前に新人研修で数日間通勤していた。その帰り道はずっと「自分の本当に進む道に進みたくても進めない」悔しさから実はずっと泣いていたのだ。それから入社して間もなく、今度は親睦会主催の新人歓迎会があるというのだ。が、正直私は出席すらしたくないと思ってしまった。新人歓迎会に主役として出席するようになってしまい、「これで私はもう・・・ここから抜け出せないんだ」という悲しい気持ちからずっと人のいない場所で泣いていた。

歓迎会に出席すること自体死ぬほど嫌だった。そこで先輩に出席は強制かと尋ねてみた。すると先輩は「そりゃ新人や赴任してきた人たちの歓迎会なんだし、そこに主役がいなかったら意味ないでしょ」と。暗に強制であると言っているようなものだった。本当に嫌で嫌で仕方がなかった。親と親の知人に根回しされて無理矢理入社させられた挙句、ほぼ監禁のような状態で・・・これこそ本当に八方塞でしかない。そしてその歓迎会には先輩たちに無理矢理会場へ連れて行かれた。私には拒否権というものなど無い。これだけではなくここでも上司や先輩たちからは無理矢理酒を飲まされて私はすっかり出来上がってしまった。周りもその異変に気づいていながら酔った私を見て笑うのみ。帰宅するのもやっとの状態になっており、無事に帰宅出来たのが不思議でならない。当時私は自宅から職場まで毎日通勤していた(電車で片道1時間40分。当時の職場は「女性社員は自宅通勤のみ可能」とされていて、一人暮らしは禁止されていたため自宅から通うことになった)。酔っていても1時間40分かけて帰宅することになる。酔った体には正直辛いものであった。こんな事なら会社近くにアパートでも借りて一人暮らしと何度も考えたが、両親には猛反対されてしまい、結局実現せずだった。それに会社にバレたとなって懲罰を受けるとなればそれこそまた両親や知人に何を言われるか・・・。現実から逃げられない・・・。 

 

私がそこに入社して最初に与えられた仕事は顧客からのクレーム受付、契約の解約処理などだった。当時私のいた生命保険業界は非常に不安定であり、同じ業界内で実際にその年に1社倒産したこともあり、その関連での解約が相次いでいた。やはり客も不安だったのだろう。加えて世の中も大不況、就職氷河期、そんな中で今まで潰れることが無いとされていた生命保険会社の倒産・・・、本当に混沌とした時代にその業界に入社してしまった(後に金融保険業界では銀行や証券会社も破綻するという事態も起きている)。ある時には一日の解約件数が70件以上ということもあり、私一人では処理しきれなくなってしまったこともあった。今回のこの70件以上というのはどう見ても無理だ。だから私は何度も上司に「ひとりではこの件数を一日で処理するのは不可能だ」と申し出ても何もしてくれず、「他の人たちはどんなに忙しくても一日でそれぐらいは終わらせる。お前に出来ないことは無い」などと取り合ってくれなかった。そのおかげでその日はコンピューター処理だけで17時ぐらいになってしまい、会計担当への送金処理はその日のうちに間に合わないという事態になってしまい、私は上司や会計担当のお局様にこっぴどく怒られた。だが私は事前に「無理だ!」ということは上司に伝えて解決法も相談していた。それなのにこの状況・・・、私の上司は何もしてくれない上に自分の失態を部下に押し付けるというお粗末な上司でしかない。それ以外は考えられない。もし私が上司に相談したときにちゃんと解決方法を考えて指示をしてくれたのなら私はこんなに悔しい思いをしなくても良かったうえに会計担当のお局様を怒らせることも無かったはずだ。

そもそも始業時間が朝9時で、その日の送金処理が15時。始業時間と共に書類の確認、不備があれば担当の営業所にその都度確認の電話を入れる。そこからコンピューター上で解約の処理をして、会計担当に送金依頼をかけるとなっても70件以上となればその日のうちに全てを処理するのはどう考えても不可能であると判断した。ちなみに解約処理というのは書類を受け取ったその日のうちに全て送金を依頼するのが鉄則である。お客様が解約をする理由の中には、その解約返戻金をあてにしている場合や営業の職員とのトラブルが理由で解約するものもあるからだ。上司はそういう事態など想定していないのか?この日私がその1件で悔しい思いをしたのはそれだけではなかった。同じ部署にいた私より2年先に入社した先輩がそこに参戦してきて、私を罵倒し始めたのだった。その先輩曰く私は数日前に届いた書類を隠して処理をしないで放置していたというのだ。だが私はそんな事はしていない(書類を受け付けた際に押した日付印の日付は紛れもなく当日だった)。そして散々汚い言葉で罵倒され、挙句「お前みたいな役立たずは今すぐ消えろ!」と怒鳴りつけられた。本当に私は悔しくてその場で先輩に「あなたに何が分かるんですか?教育係でもないくせに!そんで何も知らないのに自分の正義を振りかざすの?そういうのマジムカツク・・・、てめぇ、先輩ってだけで威張るな!黙ってろボケ!!」と泣きながら応戦してしまったのだ。

身に覚えの無いことを押し付けらた挙句、嘘つき呼ばわりまでされる。悔しいはずがないし普段は黙って先輩や上司の言う事を聞いていてもこうして有りもしないことをいかにも本当にあった事のようにこのような場で言われて黙っていられるほど私は心が広くはないしお人よしでもない。この先輩は私の仕事を常に監視しているのだ。そしてミスでもしようものならすぐに上司に言いつけて媚を売るというようなたちの悪い性格の女性だった。それだけではなく、会計担当のお局様にも擦り寄って媚を売っているのだ。この先輩が関わると私の立場は一気に悪化する。

実はこの事件以前にも受付が管理を担当しているATM(クレジットカードのようなカードを使って保険契約から紙での手続きをせずにお金の貸付を行ったり出来るもの)の中の金額が1000円だけ合わないという事態が発覚した。そしてその日の担当は私だったということで事態は更に悪化。それが発覚して私は原因を探っていたが、全く原因が分からず上司に報告をしたのだが、そこでもその先輩が出てきて私を「泥棒」だの「最低」だの罵り出した。だがこれについては原因すら分からないうえに、私はそこからお金を盗んでもいない。むしろたった1000円ぽっちの金額を盗むほど生活に困っているはずもない。それなのに身に覚えの無い事態に困っているところで泥棒呼ばわり。このまま消えてしまいたいとも思ったぐらいだった。泥棒呼ばわりした先輩に殺意も沸いた。だがそこで私たちの部署でいちばんキャリアの長い先輩が私を助けてくれたのだ。こちらの先輩は会計担当にも何度も確認をしてくれて本当に金額が合っていないのか?今朝ATMにお金を入れた時の伝票も見せてほしいと懸命に確認をとっていた。結局は会計担当のミスであることが判明し、上司たちからは「以後気をつけるように」と言われるだけで私はお咎め無し。私はシロだったのだ。だが本当の悔しさはここからだった。2年先に入社した先輩に私は何も悪くないのに泥棒呼ばわりをされたり本当に傷付いた。だが謝罪すらないうえに上司からその先輩に対してもお咎めなしというものだ。無論会計担当のお局様からの謝罪も無かった。やはりたとえ身に覚えの無いことでも私がいちばん若いということだけで身に覚えの無い罪も認めてみんなのサンドバッグにならなくてはならないのか?とも思ってしまった。

そこで後日上司にこのATM事件について改めて迷惑をかけたと謝罪をしたうえで、上記の「たとえ身に覚えの無いことでも私がいちばん若いということだけで濡れ衣を着せられてみんなのサンドバッグにならなくてはならないのか?」ということを訊ねてみた。

すると上司は

「新人が必ずそういうわけではないけれど、その泥棒呼ばわりをした先輩はどうしても責任感が人よりも強くて・・・。初めての後輩ということもあって、この間みたいな状態になってしまうんだ。けれど、根は悪い子じゃないから悪く思わないで欲しいし、仕事上でも決して恨まないでやってほしい」

と。当たり前だが上司としてはそう言うしかないのか。それにしてもこっちは完全に言われ損であることに変わりは無い。泥棒とまで言われて黙っていられるか!犯罪者呼ばわりをされたのと同じだ。上司のいう事も分かるが、これでは私自身自分を殺してこの場にいるしかなくなってしまう。もう誰も信じたくない、もう仕事も辞めたい・・・。だがこの時は思いとどまった。

その直属の上司というのが、これがまたクセのある人間で正直好きにはなれなかった。というのも今で言う職権乱用なんて日常茶飯事。客や自身の上司には妙に低姿勢でペコペコしているくせに自分よりも格下の人間には恐ろしいほど横柄ですぐに威張るという最悪なもの。また、気に入らない客に対しては客が帰ってから「あのボケ老人」や「キチガイババア」などと悪口言い放題。本当に何度も苛立ったものだ。それに自分の立場が危うくなると部下に自身の罪を平気で擦り付けることもよくあった。たとえば私の所属する支社管轄のある営業所の所長の身内が契約している保険を解約する件について、所長は以前より解約を支社に申し出ていた。いくら職員の身内だとしても、その身内の方なりにも事情があったのだろう。だが、支社側はそれを認めておらず、解約担当であった私にその所長が解約の書類を直接持って来たのだ。だが担当者だった私には上司からこの話(この契約の解約は受け付けないでほしいなど)が全く来ておらず、私はそのまま処理をしてしまった。そしてその書類を上司が見つけるや「この契約、受け付けるなってお前に言ってあっただろう!それも分からないのか?」といきなり怒鳴りつけたのだ。そしてこれだけではなくこの事態についての始末書を無理矢理私名義で書かせたのだ。

無論元凶の所長は私に謝罪、所長側から上司に私には罪が無いと一言話したそうだ。だがこんなことだけで私の怒りが治まるはずがない。ここでも私が全く話を聞いていない一件について関係が無いのに謝罪させられ、始末書まで書かせられている。言うまでも無く私ひとりが勝手に悪事を犯したような状態だ。その他にも嫌がらせか?!といえるぐらいに何かにつけて私に上司の不祥事を擦り付けられては始末書を書かされるという事態になっていった。なぜ私が?私は何も悪くないのに・・・。それにここにだって私自身が自分の意思だけで就職活動をして入社したわけじゃない。すべて嘘で塗り固められたようなもので無理に入社させられたのに。加えて言うなら私は英文科か芸術系の大学に進学するか海外留学をしたかったのに、両親を何度も説得したのに、それなのに・・・。自分の好きな道に進むことも許されずにこんな酷い目に遭うなんて。もうみんな捨ててしまいたい。この会社からもいなくなりたい・・・。その時私の中で何かがプツリと切れたのが分かった。 

その日、帰宅して母に言った。

「もう仕事辞めたい。どうして私だけこんな苦労をしなきゃいけないの?私はあなたたちの嘘や見栄だけであんな会社に毎日長い通勤時間をかけて通ってボロ雑巾のようになって帰宅して・・・。そして会社に行ったら行ったで身に覚えの無いミスを押し付けられて。はっきり言ってもう死にたい。もう会社なんて行きたくない。あんな上司なんて大嫌いだし顔も見たくない」

と、死んだような目をして私は母にそう言ったのだ。もう悔しすぎて悲しすぎて涙も出ない、泣く気力も無い。表情ももうすでに消えている。母は話は聞いてくれた。だが、

「今辞めさせる訳にはいかない」

「一流企業なのにもったいない」

「お父さんだって仕事が出来ない部下がいたら怒るんだからミスをしたら怒られて始末書を書かされるのは普通!」

「あなたの上司は教えるのが上手なの」

「こっちはあなたを入社させるためにどんなに苦労したと思ってるの?」

などと私の気持ちを汲まない発言が並んだ。ここでも母は私の意志云々よりも自身の見栄を取ったのだ。

そこで私は

「じゃあお母さんは私が自分の進むべき道はお母さんの言うとおりじゃなければいけないの?私を入社させるのに苦労したって言ってるけど、私に監視までつけて履歴書に堂々と嘘書かせたじゃん。そんで嘘だったって勝手にバラしてるし。私がそのお陰で今の会社に居づらいというのが分からないの?それにそんなバカみたいな嘘をついてでも私をそこにどうしてねじ込みたかったの?結局自分さえ良ければなんでしょ?」

と訊ねた。すると母は

「あんたの高校の頃の成績じゃ大学にも入れない、いい会社に就職も出来ないから知人に頼んでやったんでしょ?縁故就職だって実力のうちなの!それに周りの人のお陰であんたは名の知れた会社に入れたんだから感謝しな!それに就職試験の時だってお母さんは先生に頼み込んであんたの成績証明書の成績にゲタを履かせてもらったんだから!あれだって恥ずかしかったわよっ!」

母がいなければ私は就職も出来なかったというのか?母自身のおかげで私は今のポストにいるのか?じゃあ、これは母の思惑だったのか?図ったのか??やはり、私自身の意志や欲よりもこの就職自体実は母自身の見栄だった。ここで確信した。自分のわがままや見栄のために自身の娘とはいえひとりの人間の人生を踏みにじったことが発覚した瞬間だった。 

私はそれを聞いて母に何も話す気力は無かったが・・・、ゆっくりとした口調で母に訊ねた。

「そうなんだ。成績証明書の件だって私は何もそんなこと頼んでないよ。勝手にそっちが成績証明書にゲタを履かせてほしいって先生に言ったんだよね?すべて私が悪者になっているみたいでこっちは居心地が悪かった。私さぁ、先生にあの後「有印私文書偽造の犯罪者」って言われたんだよ?それでも嬉しい?お母さんは結局自分で出来ないことを私にさせることで満足しちゃってるんだね。そうでしょ?」

その私の問いに対して母は

「そうじゃないの!あんたのためを思ってのことなの。あんたには幸せになってほしいから・・・。それにいつまでもお父さんとお母さんの素敵な娘でいてほしいから」

もうこの人には何を言ってもダメだなと思い、私は静かに・・・

「もう何も言わないで、私、今の仕事辞める。もうあの場所には行かないから。これからのことは自分で何とかするからもう私のしたいことに干渉しないで!迷惑だから!」と言い残して部屋に戻った。 

 翌日、私はわざと寝坊をしようとした。が、ここでも母のお節介が。

「ほら、朝だから起きなさい!会社行くんでしょ?」

「行かない」

「どうして?ちゃんと休まないで行かないとだめでしょ?」

「知らない」

「起きないんだったらそのまま駅まで連れて行く!」

「勝手にすれば?」

「もうっ!何のために会社行ってるの?」

「辞めるって言ってるじゃん」

「もうっ!そんなの嘘にきまってる!あんたが会社を辞めるなんて認めない」

「あ、そう。あのさぁ、それとそんなに『もうもう』言ってると牛になるよ?」

このようなやり取りになり、母はキレて私を布団から無理矢理引きずり出した。私も渋々着替えて最寄駅に向かった。だが、会社に向かう気が起きなかった。

とりあえず電車に乗り、会社の所在地の駅方面へ向かった。そして電車は会社の最寄り駅に到着、私はそこで電車を降りる。とりあえず会社に向かうがまたここでも上司から始末書を書けとなってしまった。

 

このあたりから、実は私の食欲に異変が。突然何も食べられなくなってしまった。酷いときには水すら受け付けない。仕事中に差し入れをもらって、これなら食べられるかと思っても、その数分後にはトイレで吐いているのだ。最初は会社の中だけで食べては吐くという行為をしていたが、次第に自宅でも食べては吐くという行為をするようになっていった。体重はみるみる落ちていき、顔色も悪く常に死んだ魚のような目をしていた。客の前に出るのに、まるで死人のようなメイクをしていたこともあった。自らの行動が異常だということに気づかなかったのだ。無論同僚からは別の意味で怖がられ、上司からは異常なほどに心配されるようになった。同時に同僚たちの間から「そのうち自殺でもするんじゃないのか?」という声まで上がった。

 そんな誰が見ても異常な状態であったある日のこと、自宅にて夕食を摂ってまたいつものようにトイレで吐いていたのを母に見つかったのだ。すると母は心配するどころか私に信じられない一言を。

「食費が無駄になるからやめて!」

私自身の体調や精神異常よりも我が家の食費の方が重要なのか?と絶望した。が、私は母に

「私のことなんて心配じゃないんだね。自分のしたくないこと、嫌なことばかりじゃあ・・・いずれこうなるよ。そのうち私が死んでも誰も悲しまないだろうね・・・」

と呟いた。母はここでは何も言わなかった。

 

 そして年末が過ぎて正月休みに。この年の正月休みは教習所時代の友人数名と共に過ごした。地元でフリーターをしている子もいれば、東京の短大や看護学校に進学した子もいる。それと私と同じ地元から私の職場近くの短大に通うものもいた。そしてそんな境遇の違うみんなが他愛の無い話で終始盛り上がる。遠出して写真プリントシール機で写真を取ったり、ボーリング場でボーリングやゲームをしたり、わらわらと繁華街の回転寿司屋に行って寿司を食べたりして思う存分ガールズトークを楽しんだ。ここで気づいたのだが、この時だけは食べて吐くという行動は全く無かった。正直今のこの異常さを友人たちに悟られまいと必死になっていたところもあったが、友人と一緒にいることで自分らしさを全力で表面に出していたのだろう。無論負の感情など忘れて。結局この日は夜中の12時前ごろまでずっと友達とカラオケに行ったりしてワイワイしていた。そして楽しかった正月休みも終わって年明け最初の出社日。ここでも事件が起きていたのだ。

 またしても身に覚えの無い失敗を擦り付けられたのだ。犯人は未だに分かっていない。先輩たちに事情を訊いたところ、どうやら私のデスク上にあるデスクマットの下から解約処理済みの明細書が見つかったというのだ。私は担当しているとはいえ何のことだかさっぱり分からず、言うまでもなく私が処理したものでもなかった。しかも事もあろうか、その解約処理済の書類には本来あるべきの保険証券も解約請求書も付いていないのだ。そんなもの、私がするわけが無い・・・。私が昨年の年末にデスク周りを片付けたさいにはその書類は私のデスクには無かった。それに年内に届いた書類は全部処理して送金手続きにも回しているはずなので、そこにその正体不明な書類があること事態不自然である。だが、ここでもやはり担当者ということもあって私のせいになってしまって今度は本来解約すべきではない契約であるために急いで本社へ連絡、本社向けの解約取り消しの申請を出すこととなった。そして言うまでもなくここでも上司から始末書を書かされたのだ。私は何も悪くない、それなのにどうして?しかもこんなこと、一体誰が仕組んだの?本当に身に覚えが無いために気持ち悪い。始末書を書かされた挙句、上司に「明日から会社に来なくていい!」と感情的に言われてしまった。

 ここでも私は何かが切れてしまったのか、すかさず上司にこう言った。

「分かりました。もう来ませんから、ここには・・・それじゃ・・・。今すぐ死んでやるよ・・・」

と上の空な雰囲気で上司に伝えて私は屋上に続く階段へ向かって走り出した。その時私の中ではもう全てにおいて絶望しか無かった。こんなに頑張っているのに周りからは嫌がらせをされて、濡れ衣を着せられ常に悪者にされて・・・、上司も上司で自分の保身のために私に罪を擦り付けて・・・。絶望した私の中で逃げ道は「死」しかなかった。会社にいても家にいても「自分」が無いのだから。

 私のその気持ちをを察したのか、すかさず上司に腕を掴まれて引き止められた。この時の状況はあまり覚えていないが、上司に腕を掴まれて止められたことだけは覚えている。そして上司の掴んだ私の左腕には・・・、この時既に数箇所にリストカットの傷があったのだ。実はこの1ヶ月ほど前から頻繁に会社のトイレでリストカットをしていた。片手にカッターを握ってもう片方の腕や手首に切り傷を入れていくというその行動が自分の精神を安定させていたのだ。もやもやした気分を晴らせる、痛みで心の傷を癒せる、そんな経緯だったのだろうか。その時も手首には新しい傷がきれいに残っていた。無論上司にも見つかっている。

 

 そんな私を見かねたのか、後日私に散々濡れ衣を着せて始末書を書かせていた上司から会議室に呼び出されて

「ここまで追い詰めて苦しませてすまなかった・・・」

と謝罪された。私は素直にそれを受け入れなかった。

「会社でも家でも私には居場所が無い。私なんていなければいいって何度も考えた。そんな中でどうして濡れ衣を着せたり嫌がらせが出来るのか、私には理解できない。もう何もかも、全てに絶望した・・・その気持ちに変わりはありません。それと前にあなたは私に言いましたよね?必ずしも私のような新人が先輩や上司のサンドバッグになる必要は無いって。まさかそれは嘘だったってことですかね?」

すると上司は

「そういうわけではないんだ。そうなったのも実は君の性格上のこともあったのかもしれない。全部がそうじゃないんだが・・・。例えば君は気が小さいのか電話を取るのにもなかなか気が進まない、真面目すぎるのか仕事に夢中になってしまうと他の事に目を向けられない。それが自分でもきっと苦しかったんだろう。だけど、もっと前に進んでほしかった。そういう私たちの思いとは逆で君はなかなかそうもならず、焦りからか私も指導に熱が入ってこういう結果になってしまった。それについてはちゃんと謝罪する。それと・・・、君は若い。若いからこそ苦労すべきところも当然あるし、学ぶこともたくさんあるだろう。私も君の先輩方の考えも君の考えもきちんと理解していたつもりだった。そんな中で私も君には早く一人前になってほしいと思って、いろいろと厳しくしてきたつもりだが・・・結果的には間違った方向に君を誘導してしまった。それが、こういう結果を招いた。それに想像以上に君を追いつめてしまった以上、私にもきちんと事後をフォローをする責任があるから」

 上司からの謝罪は予想外だった。正直言ってあんな「クソ上司」なりにもいろいろと考えていたことがあったのだろう、そう考えると少し気が楽になった。だが、いくら上司が謝罪したからといってそれで全てが帳消しだなんて思えない。それに過去だって戻らないのだから。これだけで事態は収束するかと思いきや、2年目でもこの上司は相変わらずだった。またしても部下に濡れ衣なんて当たり前。相変わらずの傍若無人ぶり、呆れたものだった。そこで3年目に入る前に会社に私は異動願いを出した。支社での勤務ではなく、自宅から近い距離にある営業所勤務を希望した。そしてこの異動が、私にとって最悪なものになろうとは、その時の私はまだ知る由も無かった。

 

狂った人生

私は学生のうちに就活をしたことが無い。就活するチャンスすら与えられなかったのだ。それ以前に私は本当のところ、ずっと大学へ進学することを望んでいた。それも英文科か芸術系の大学、そう決めていた。

理由は言うまでもなく「英語の勉強がしたい。それか芸術の勉強をしてゲームを作る人かゲームやアニメのキャラクターを作る人になりたい。ここに英語もとなれば海外のゲーム会社にも!」と思っていたからだった。

そんな私に対して母はそれをずっと反対し続けており、大学に行くならと一流の国立大学へ私を入学させようと躍起になっていた。だが、所詮は商業高校。一流の大学へ進学するには本当に無理がある。芸術系に行くならと美大に入るための予備校も進路指導室を通して調べていた。そして英語に関しては両親から予備校代わりにと英会話スクールに通わせてもらえた。英会話についてはそのあたりから英語を通じて国際交流の機会も増えて、私自身この経験を活かした将来をと考えていた。

英文科の大学への進学や芸大への進学を何度も両親を説得した、だがそれでも母は私の意志などを完全に無視して私を一流の大学へ入れなきゃ!となっていた。正直あまりにも身勝手な母に私も当時の担任の先生もうんざりしていた。それと母は私を英文科にも芸術学部にも入れたくないと明言しており、経済学部や商学部などに入れようとしていた。だけど私はそんなものは勉強したいと思わず、やはり英文科や芸術系としか考えていなかった。三者面談の席でも母は私の意見など一切言わせまいと担任の先生に一方的に「経済学部か商学部のある大学に進学させる!」と息巻いていた。時には私が一言も話せずに母が私の進路を勝手に決めて話していたこともあった。言うまでなくそんな母に担任は呆れていた。そして私がそうではなく英文科へ行きたいと言っても母は「今のは寝言のようなもので、本当は・・・」と私の意見は言わせてもらえなかった。さすがに担任にもこの時は心配されて後日教室の外に呼び出されて「ちゃんと親には自分の意見は言うべき、聞いてくれなくてもちゃんと向き合うように」と言われたぐらいだった。これが高校1年生の頃の話。無論両親を説得しようと私は自分の意見は何度も言っていたし、自分の考える将来のビジョンも両親に話していた。だが両親、特に母は「そんな子供の言う事なんて、所詮は夢見る夢子さん的なもの」というようにしか捕らえてくれなかった。私が考える将来、それは母にとっては単なる無謀な夢でしかないのか?叶わぬ夢なの?ずっと悩んだ。大学へ進学するにしても母と私では意見がまったく違ってしまっている。無論母の考える私像はどう考えても無理がありすぎる、それに母は私のことを考えてとは言うものの、何か自分の理想を私に押し付けているようにしか思えない。その証拠に母は私の意見など聞かないのだ。そして頭ごなしに必ず否定するというもの。うんざりだった。

私は高校2年になり、いよいよ本格的に進路を決定するという時にまたしても母は一流大学へ私を入学させる!とまだ言って聞かない。ある三者面談でそんな母に幻滅して私はその席で泣いてしまったぐらいだ。母は相変わらず私の意見などは無視。母自身の意見が絶対だと信じてならなかった。この時実は学校側から英文化のある大学への進学を進められたばかりだった。そのこともあり、担任の先生は英文科の話を持ってきてくれたのだが、母は「英文科なんて大学を出ても何もならない!」「文系に進むのは自殺行為」などとここでも私の進路を頭ごなしに反対して母が思う進路にしようと必死になっていた。そして父親は?というと・・・。私たちの進路にはほぼ無関心で「とりあえず学年でいちばんの成績をとって大学にでも入れればいい」ぐらいに考えていたようだ。ここでも私の意見なんて聞かない。兄は兄で「大学に行きたいなら!」と何かと私の行動を監視するようになっていく、こんな家族じゃ私も勉強に身が入らない。母は「何としてでも一流の大学に入れる!」と躍起になり、父は反対に無関心。そして兄は過干渉・・・、勉強もしたくなくなるわけで、次第に私は学校の勉強もしなくなった。私には意見を言う権利も無いの?それともただ両親や兄の言うとおりに生きていればいいの?完全に自分自身を見失ってしまった。ここから私の人生は狂ってしまったのだと思う。

 

そんな中、高校2年の終わりになり母は両親の知人を「親族(叔母)」だと偽ってその知人のいる一流保険会社に私を入社させようと勝手に決めてしまったのだ。無論私がそれを望むことは無かった。母が思うに一流の大学がダメなら一流企業、何としてでもそこにねじ込みたい!というところだろう。母はその時本当に何を思ってそんな一流企業に私を無理にでもねじ込もうと思ったのだろか・・・。当事者である私は不快という以前に政略結婚をさせられるような恐怖すら感じた。まさにオーストリアとフランスの同盟を組むためにわが子をフランス王室に嫁がせたマリア・テレジアのごとく・・・。

そしてその席で母とその両親の知人の間で私が保険会社へ入社させるという話を合意してしまい、その数日後にその知人が見ている前で言うとおりに履歴書を書かされた。本当に憂鬱で仕方なかった。志望の動機も知人の言うとおりに書くようにされ、それ以外も知人の言うとおりにさせられた。いわゆる大手企業へ縁故入社させようという根回しだった。根回しさえすれば私は「大学へ行きたい、芸術系の勉強をしたい」などと言わなくなるとでも思ったのだろう。そこの保険会社は女子職員は独り暮らしは禁止という決まりがあり、それをいいことに私が「一人暮らししたい」なども言わなくなるだろうとでも思ったのだろう。

それからその1ヶ月ほど後に知人と共に会社へ出向いて入社試験を受けた。だが私たちの学校で習ったようなものではなく、明らかに私のレベルよりもその試験のレベルは高かった。中にはきちんと解けるものもあったのだが、正直その企業には入社したくなかったので名前だけを書いてほぼ白紙で提出した。私は「ここで試験をほぼ白紙の状態で提出して不採用となれば私の進むべき道に進める!この嘘だらけの就職、母もさすがに諦めてくれるだろう」と考えてのことだった。いうまでもなく結果は不採用・・・、のはずだったが、この時点で既に母もその知人も私を何としてでもそこの企業に就職させようと必死になっていた。特に母は「この会社に入れば私たちにもあんたの学校にも箔が付く」としきりに私に話す。箔が付く?正直当事者である私にとってはそんな事はどうでもよかったし、家や出身校に箔がついても私には何の恩恵もないのだからと思っていた。これだけじゃなく母は私の学校へ出向いて担任に会い、私の成績証明書の成績にゲタを履かせるように直談判までしていた。正直ここまでされると当事者である私が恥ずかしい。

母だけではなく、今度は両親揃って知人とともにそこに私を入社させようと更に必死になり、当時の支社長や総務部の課長に金品を渡したり接待をするなど徹底した根回しを行っていた。その後そこへ入社した際に私を見るや「君のご両親、知ってるよ?何度か一緒にお酒を飲んだりした・・・」と話す方(役職クラス)も多数存在した。けれど入社させるだけじゃなく、ここでもまた問題行動を母と知人は起こしている。そう、母も知人もここで私の履歴書に嘘を書いていたということ(知人を叔母と偽ったこと)を上層部に話してしまったのだ。知人曰くいずれはバレるからと。は?じゃあ私を一体何だと思っているのだ?私は単なる道具なのか?本当になめられているとしか思えない。そしてその後の支社長との面接の際にもその話を持ち出されて何も答えられなくなってしまった。結局大人たちの都合が悪くなれば突き落とされる、都合で振り回されるのはいつも子供、そして母と叔母に偽りの自分を作り上げられて政略結婚のようなことをさせられて・・・。

この一件があったおかげで私は正直その企業に居づらかった。その後何とか入社が決まった。だがその企業に入社した私、全くやる気を見せなかったうえに、何故ここに自分はいるんだろう?という疑問がずっとついて回った。 そんなやる気の無い私に誰も優しくしてくれるはずもなく、いつもぞんざいな扱いを受けていた。それと新人である以上、やはり宿命付けられたものはあった。デスクにいる間は自分がどれだけ忙しくても電話をすぐに取る、受付に客が来たらすぐに応対するなど。それだけではなく親睦会の幹事や労働組合の会合への出席など。先輩たちからはいつも「新人は○○しないといけない」と言われ続けた。だが私は「新人は○○しないといけない」というものを理解できずにいた。そもそもここは一般企業であって軍隊や体育会系でもなく強豪の運動部でもなんでもない。まさに「年功序列」や「昭和の企業色」、「社長様万歳」、「上司の命令は絶対」というものがそのまま企業体質に出ているものだった。だから新人は雑用をして当たり前、先輩たちの世話をするのが当たり前、親睦会や飲み会の幹事を引き受けるのは強制など。本当に眩暈がしたものだ。そして何よりも日常業務よりも嫌だと思ったのは親睦会関連。宴会の幹事をしないといけない、社員旅行へは必ず出席、その宴席での司会進行など。それからただ若いという理由から上司らからのセクハラやモラハラの対象にもなったし、無理矢理アルコール度数の強い酒を飲まされるなどというパワハラも普通にあった。私は当時未成年であって酒も本来なら飲めないはずなのに、無理矢理先輩や上司に飲まされて足元が覚束ないということもよくあった。時には急性アルコール中毒になりかけたこともあった。そももそ未成年はお酒を飲んではいけないなんて法律は子供でも知っているものだ、それでも上司たちは私にこぞって酒を飲ませるものだから本当に呆れる、それで悪酔いすることもしばしば。それから私は人前に出るのが好きではない性格であるのにも関わらず「新人でいちばん若い」という理由からカラオケをさせられる、コスプレなどの恥ずかしい格好をさせられるなど本当に憂鬱だった。ここでわざわざ言うまでもなく未成年に飲酒をさせるというのは立派な犯罪でもある。それを知っていて未成年だった私に酒を飲ませるとは、本当に許しがたい。私も黙ってそのまま従いたくない、そこで2年先に入社した先輩に相談するも、先輩もそれがここでは当たり前だし、大人の付き合いに酒は必ず付いて回るから諦めるしかないと答える。先輩からも私にとっては見当違いな回答しか得られなくて本当に苦しく思った。先輩はこういう現状を受け入れたのだろうか?それとも先輩や上司から酒を飲まされても平気なの?とも思った。そもそも「大人の付き合い」というものにはちゃんとした常識というルールが付いて回っているはずだ。無論それは法を犯すなど以ての外、というわけで未成年に新人だからと酒を飲ませるなど論外だ。だが、そんな法律違反も「大人の付き合い」という名の下で許せるものなのだろうか?法律は法律、くどいようだがそんな未成年に酒をのませてはならないなんて子供も分かる常識でもある。それだけじゃない、セクハラだって場合によっては触法行為になりうる。それも知らない悲しき大人たち・・・と幻滅した瞬間だった。 

そんな中、やりたくもない幹事として社員旅行に参加したのだ。周りは仲間同士でワイワイ朝から酒を飲んで大騒ぎをしている。その中で私は独り、むしろそうなることを望んでいた。ただでさえ神経をすり減らす組織の中で貴重な休日を使ってまで「新人だから」という理不尽な理由で参加しているのだからこれぐらいは認められて当然の権利であると思っていた。その社員旅行の行き先は箱根、はっきり言ってプライベートで来るんだったら何ら申し分の無い場所である。だがそんな雰囲気の場所であっても神経をすり減らす原因であるこの組織で来るのは本当に心底げんなりするものだった。観光は別にどうでもよかった。旅館の部屋割りは「とりあえずどこかに人数あわせで入れてもらった」感が否めない。が、別にこれもどうでもいい。問題は宴会・・・。こういう大人数で来る旅行となれば宴会場を貸しきっての宴会はもれなく付いてくるのだ。はっきり言ってこういう雰囲気、私は大嫌い。どんなに酒や料理が美味しくても、常に誰かに気を遣わなくてはならないから。しかも新人となれば料理云々よりも上司や先輩たちの席へ行き、お酌をするというのが通例であった。無論ここで体を触られるなどのセクハラも普通に起こりうる、と言いたいところだが、やはり起こってしまった。腰、尻など普通に触られたのだ。相手は良く知る相手でも酒が入っている、こうなったら女性の私は迂闊に手出しも出来ない・・・、本当に酷い状況である。とりあえずここでは敢えて私は嫌な顔ひとつせずに何とかお酌をして回っていたのだ。そして次の関門、それは余興。これも本当はいらないんじゃないの?と思えてしまうものだ。酔った人間が酔った勢いで歌って騒いでそれで・・・というものでしかなかったからだ。もう「お下劣」という単語がお似合いという雰囲気でしかない。酔った誰かが「脱ぐ」という事はなかったが、余興時のゲームで新聞紙をたたんで行き、そこにチームのメンバーが全員乗れなくなったら負けというものがあり、どう考えても「セクハラ目的じゃないの?」と言えるような下劣なものもあった。無論ここでも私は参加させられて、男性社員2人と私の3人という・・・何とも微妙なものだった。内心「うわぁ~、私の体がこのチームのメンバー誰かに触れるってことでしょう?気持ち悪い・・・」だった。ここでも同じチーム内で私が太っているというような意味合いの台詞も飛んだ。それを聞いて正直イライラが頂点だった。「どうしてこんなバカみたいなことをバカみたいにヘラヘラ笑ってやっているんだろう・・・」これが私の本心だった。

 情けないぐらいに酷い宴会が終わって各自部屋に戻るが、ここで付いてくるものはやはり「部屋飲み」なるもの。どこかの部屋に仲の良いメンバーが集まって飲みながらダベるというものである。これも正直苦痛でしかなかった。同じ部屋の先輩に連れられて若手の男性社員たちの部屋へ行き、そこで飲み直しという形になった。案の定そこの部屋の先輩たちはいい感じに出来上がっていた。そしてここでも例外なく先輩たちは私に酒を盛るのだ。ある意味密室で酒を盛られて・・・、そして私も酔ってしまう。本当に最悪だ。だが、実はここで私は酒に酔っていたわけではなく、泥酔したふりをしてみたのだ。これがなかなか面白い、特に既に酒が入って出来上がった先輩たちは私の悪戯に見事に引っかかっていたのだ。酔っているだけに先輩たちは正常な判断など出来ない。それを知った私はある男性の先輩に擦り寄って色仕掛けをして口説いてみた。すると見事に引っかかり、面白いぐらいに戸惑ってオロオロしていたのだ。周りは本当に酔った勢いだと思っていたようだが、私は決して酔ってそうしたわけではない。無論正常な判断が出来なくなるぐらい飲むはずもなく、先輩に勧められるままではなく酒を飲むことを自身でセーブしていた。正直酔ったふりでの口説きや色仕掛けの悪戯など私はどうでもよかった。その後に立つ噂も別にどうでもよかった、というのも酔った上に私に酒を盛って、私は未成年なのにと。正直未成年者を先輩達が面白がって酒を飲ませて泥酔させて・・・、となればこの組織はめちゃくちゃになるだろうと淡い期待をしていた。ここで思った、いくら普段話の通じる先輩であっても、やはり根はすでに会社の人間であったと。未成年であっても平気で酒を飲ませて無理なことまでさせる。たとえそれが黙認されたとしても・・・。本当に心底気分が悪くなった。

酒を飲んで酔ったとしても当たり前の考えを持っていれば未成年者に酒を飲ませるようなことなどするはずがない。そして未成年者に酒を飲ませる、未成年でも大人が勧めた酒は飲めという先輩たちに私は恐怖すら感じたのだ。私も新人という立場から断ろうとしてもそれは無理、ある意味不可抗力だった。だからこそ、分かりやすい方法で悪戯を仕掛けてめちゃくちゃにしてやろうと思いついたのかもしれない。無論この悪戯、いつの間にか私が悪者になってしまっていた。未成年と知っていながら酒を飲ませておいてこれは無いだろう・・・。いちばん歳の近い先輩ですら「もっと先輩を立てておくべき。未成年でも先輩の勧めた酒は飲むべき、けど酔うな!」と結局誰一人私の味方などしなかった。けれど常識というものをねじ伏せている輩だと私はそれに動じることもなかった。むしろ自分たちのことを棚に上げて何を言う!というぐらいにとどめて心の中でほくそ笑んでおいた。 

社員旅行の後は今度は忘年会。ここでもまたやりたくもない幹事をしなくてはならない。この時のことははっきり言ってあまり覚えていない。自分自身がいちばん混沌とした状況にいて会社を辞めようか本気で悩んでいた時期だったからだ。

 

 そして春になった。そんな入社2年目のある時、当時の支社長の一声で花見をすることになった。というのも私のいた保険会社の支社は桜の名所である城のお堀の目の前にあるのだ。そこで同じビル内の休憩室からでも夜桜は満喫できるでしょう!ということで実現した。そしてここでもいちばん若い私は欠席など認められるはずもなく、その席上でも上司たちから無理矢理日本酒を何杯も飲まされて見事に潰れてしまい、翌日は二日酔いでずっと頭痛と吐き気に見舞われながらも仕事をしていた。同期の男性社員(こちらは未成年ではない)も二日酔いで潰れてしまった。だが私に酒を飲ませた張本人の上司たちは何も無かったかのように接しているだけだった。しまいには私が二日酔いだと分かると「やだなー、さすがに飲ませすぎたかなぁ?まさか二日酔いだなんてねー。ま、仕事はきっちりね!」などと無神経に言い放つだけだった。上司に対して殺意が沸いたことはいうまでもない。花見の後、フラフラになりながら私は駅まで歩いて行き、終電で帰宅したのだ。フラフラだったってことも知っているのに「はいお疲れさんねー」というようなノリで帰されたのだ。今考えると恐ろしい・・・ 「未成年に酒」だけではく、この組織内では完璧なまでの縦社会が出来上がっており、それをいつでも体感することが出来たのだ。やはり先輩や上司の言う事は絶対であり、新人はそれを必ず聞き入れないといけない、先輩や支社長などの重役を崇拝するかのような構造、そして新人でも中堅でもある程度仕事ができる人だったり周りの人と少し違う場合などは先輩たちからの酷いいじめに遭うなども日常茶飯事だった。そして先輩たちからの口癖、「新人でしょ?」「新人のくせに」など、どの理由もただ「新人」だからと言いたいだけで中身が無くて本当にバカらしいとしか思えない。確かに新人が・・・と言ってしまえばそれまでだが、女性の先輩たちからの新人しごきは本当に酷かったのだ。

 私のいた職場は女性ばかりの職場であった為、若い社員に対しての嫌がらせが常に横行していた。嫌がらせを受けないために必死に派閥のリーダー格の社員やお局様に取り入る社員も普通に存在していた。中にはやさしい先輩もいたが、やはり殆どは嫌がらせありきのとんでもない社員ばかりだった。今思うと縦社会の中で普通に仕事をしている人たちだけに、それがスタンダードになってしまっているのだ。だから私が何か行動を起こしたところでその「スタンダード」が変わるわけでもなく、寧ろ私が異端児扱いをされて嫌がらせやいじめは更にエスカレートするのも目に見えていた。お局様の中でも私がどうしても懐くことが出来なかった人がいる。その人は会計担当の当時20代後半の女性。見た目もドスの効いた雰囲気、まさに元スケ番か?!といえるような雰囲気だった。口調も常にべらんめえ口調というのか、現役のヤンキーなのか?と思えるほど聞いていて怖くなる話し方であり、性格も恐ろしいほど短気で怒ると相手を普通に怒鳴りつけるなどそういうことも日常茶飯事であったため、私はその女性を好きになることはなかった。無論私は何度もその先輩に怒鳴りつけられて説教もされた。そして酷い場合は昼休みにいきなり怒鳴りつけられることもあった。もう本当に勘弁してほしい、そう思うようになっていた。先輩本人には悪いが「はぁ、顔も悪ければ口も態度も悪い。これだからこの人はこの歳まで嫁の貰い手が無いのか・・・。期待しても、そんなの今後も無いだろうね」と思うようにしていたら、気が楽になったのも事実だ。ちなみに後述の私の異動先の上司ですらその先輩を「あいつは心の中、虫喰ってるのか?それかゴキブリでも腹の中で飼っているのか?はぁ、それにしてもあんな口調だったりあんな態度でさぁ。あれでも女かよ!」とぼやいていたぐらいだったから驚きだ。見た目がいかついその上司から見てもそうにしか写らないその先輩、それだけ恐ろしくて誰も寄せ付けない何かがあるのだろう。それ以前にどの同僚でも皆彼女に逆らうことは無かった。言うならばこの先輩がもっと物腰の柔らかい態度で誰にでも分け隔てなくというのであれば、話は別である。それで仕事が出来て、仕事に厳しい方なのだとしたらこんなにボロクソ言われなくてもいい存在だったのかもしれない。