Darkness world -ある捻くれ者のつぶやき-

成瀬香織です。私の幼少期からの出来事をエッセイ形式で書いていきます。(ちなみにこれは全て私の心理カウンセリングで使われたものです。虐待などの内容を含むため、閲覧にはご注意ください)

好きな言葉

@q6dq72v95krXoaeさんのツイート: https://twitter.com/q6dq72v95krXoae/status/1051769879227858944?s=09

 

攻殻機動隊草薙素子の名ゼリフです。

まさにいじめっ子に言いたい。結局あなたたちは不満があるからいじめをするんでしょう?

なぜあなたたちの不満を関係のない方がいじめという方法ではけ口にされなくてはならないのでしょうか?

自分の不満は自分で解決するのが筋ではないのか?それか「相談」という形でご自身のお友達や親や先生、それか児童相談所教育委員会などに話をして解決させるのがベターではないのですか?

 

いじめという形で解決すんなよ。

かっこ悪いし、そういうのダサいと思う。

 

それにいじめって立派な犯罪よ?

怖い夢

久々に怖い夢を見た。

 

けれど実は、それは私の身に起きていた事だった。それが夢になって出てきてしまったのだ。

 

そう、私は中3の時にレイプされた。

めちゃくちゃ怖かったし、何よりも気持ち悪かった。愛のない暴力目的でのセックスほど怖いものはない。

 

痛かった。

怖かった。

正直死ぬかと思った。

 

ズタボロになった私を友人が発見し、保健室で保護された。

その後同じ学年の別のクラスの先生(女性)が事情を聞いてくれたけれど、こっちは事情を話すのも怖くてたくさん泣いたし、たくさん吐いた。

 

その前にはトイレに行こうとしたら、ある男子生徒にトイレまで後をつけられて私の後を追って入ってきていた。そして個室のドアをドンドンと叩くという異常行動まで…

 

いじめというより、これはもう「性暴力」だろう。

 

この加害者が今もどこかでのうのうと生きていると思うだけで吐き気がしてくる。

勝てなくないよ。

ども、こんばんは。

成瀬香織です。改名してから初めて書く記事になりますね。

 

今の私のことを少しだけ書きたいと思います。

私、いじめや両親からの虐待が原因で今でも心理カウンセリングに通っております。カウンセラーさんとも仲良くなり信頼関係も出来上がりました。

もそもそこの心理カウンセリングを勧めてくださったのは、私の住む地域でいちばん歴史のある精神科でした。そこでいくつかの検査やテストを行った結果、私は精神科に通うような病気ではなく、深層心理に問題があると判明したからです。

そのお医者様にも私は感謝しています。初めてその病院へ行って先生と話をしたとき、私は嬉しさのあまりに泣きました。心の暖かさに触れた気がして、どんなに苦しいことでも誰にも話せなかったことを聞いても否定することなく嬉しそうな顔で褒めてくれた、「つらければ泣いてもいいんだよ」と言ってもらえたことが嬉しくて…

 

そしてそこに数回通って、その後にとある大学の心理カウンセリングを勧められ、そこに通って治療しています。

カウンセラーさん曰く、私はまだ軽い方だそうです。中にはもっと苦しんでいる人もたくさんいるそうです。

まだまだ変わらない部分もあります。だけどそれまで変われなかったものも少しずつ変わって、毒を吐くようにもなりました。毒すら私は吐けなかったのです、両親から止められていたからです。

良い子に仕立て上げたかったのでしょうね。

 

けれどカウンセラーさんとの信頼関係が良好になり、それなりに毒を吐く、ブラックジョークを好むなど、本来の自分に向かっている気がします。更に私はポルノグラフ的な物やセックスシンボル的なものが好きです。それすら両親には「いやらしい」だの「汚い子供」などと批判され部屋にそのようなものがあるだけで捨てられて罵倒されるという…そんなことが続いていました。

けれどカウンセリングでも精神科医にもポルノグラフが好きなだけでは異常などないということを教えられ、私はおかしくない!と自信を持つことができました。ポルノグラフ、私は決して性的に嫌らしく下品とは思わず美しいと思うのです。美しいと思うということがおかしいことでしょうか?変なことなのでしょうか?ただただ美しいというものの対象がそれだっただけだと思っています。今では「変態」と言われてもそう言われることを誇りに思えているぐらいです。

 

さて、それからいじめに遭っていたからといってニートでも何でもありません。きちんとした職を持っています、イラストレーターです。

それに大切な家庭も持っています。たくさんの友達もいます。友達だって私自身のバックグラウンドを理解した上での友達です。身体が強くないことやメンタルに異常があっても常に仲良くしてくれていますし、理解してくたさっています。

それよりも私は誰よりもいじめや虐待で苦しむ人の気持ちを理解しています。優しく時には厳しく接することもできます。小学校で現在ボランティアをしていますが、子どもたちは私に懐いてくれて、心を開いてくれます。

特別支援学級の子どもたちも私には心を開いてくれます。

私はそういう自身の側面を強みだと思っています。

 

何かが自分の中の「スタンダード」ではないことからいじめをする人間がいます。けれどそれは決して全てにおいての「スタンダード」ではないのです。

何が「スタンダード」?そんなものは関係ないのです。

皆様へ大事なお知らせ

いつも私のブログを読んで下さり、心から感謝申し上げます。

この度突然ですが、諸事情によりペンネームを「高坂はる香」から「成瀬香織」に改名いたしました。改名をしても書いていく内容は同じです。

 

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 

成瀬香織

ハサミと赤い糸と俺

まず…

赤い糸→私が相手を愛する気持ち、恋をすること

ハサミ→我が両親および兄

 

私かて若かりし頃は沢山恋愛をしてきました。そりゃそうですよ、いち若い娘でしたから。

けれど恋愛をしているとなると、必ず親(特に母親)の監視が入るのだ。ひどい場合だと相手の人の身辺調査をしたり、例えば会社の社長や役員、その息子が相手であれば会社を調べるために商工リサーチに問い合わせてまで相手のことを調べあげて両親揃って品定めをするという最悪なパターンもある。

更にはすでに成人している娘のことを実家に縛り付けて勝手に門限を決めてデートをさせないなど、そういう規則ばかりを作る。

もちろん当方はそれを良しとするはずもなく、成人しているのだからその辺は理解してほしいと一人暮らしをしようかと物件を探したりもしていたが、母親からは泣きつかれる、マザコンの兄からは出ていかないでくれと懇願され、どんな手を使ってでも阻止されるという悪循環に陥る。

しまいにゃ夜10時頃に家に帰宅した時、父親が玄関に出てきて私を怒鳴りつけたて、リビングにあったミカンや玄関にあった置物を私に投げつけてきたうえに私に殴りかかったのだ。

私は怖くて家から逃げたのだが、無理やり引き戻されて説教を食らう羽目に。私だけじゃない、当時の彼氏に対しては「今すぐここに連れてこい、ぶっ殺してやる!」とまで。ここまでくると父も母も正気ではない。

今思うと両親は私はただの両親の体裁のための飾りでしかないのだろう。そうじゃなければ実家にいることを強制したり、一人暮らしを阻止したり、就職にしろ進学にしろ地元にはこだわらないだろう。むしろ一人暮らしさせたり、遠方の寮に入れたりと子供を巣立たせるのが親の役目のはずである。

それなのに成人している娘の行動を制限してりなんてけしからんものだ。私は両親の世話をするために生まれてきたんじゃない、私は両親の墓を守るために生まれてきたんじゃない、私は自分の人生を後悔のない生き方で全うするために生まれてきただけなのに。

 

これだから私が誰かを好きになってもその赤い糸は両親によってぷっつりと切られてしまうのだ。だから私はコソコソと付き合うか、男遊びに走ってしまったのだ。

ただ一緒に食事や買い物をするだけ、体を重ねるだけとか、本当に虚しくなることばかり。ただ、当時は体を重ねるだけでも幸せだった。中には自分より10歳近く年上の人もいた。その時だけは仕事も親のことも全部忘れられたから、本当に幸せだと思っていた。けれどいざ行為が終わって別れてみると、虚しさしか残らない。そんでそのうち私は要注意人物となってしまう。

だけど私は体を重ねるだけの相手からは金品は一切もらっていない。なんだろうな、都合のいいセックスワークみたいなものだったのかもしれない。矛盾しているけれど、その都合のいいセックスワークも後悔などない。

そして買い物や食事をともにする男性にはいろいろと買ってもらったり、食事をおごってもらった。高いレストランや料亭にも行ったし、ブランドもののバッグや服を買ってもらったりもした。もちろんこれだって虚しさしか残らないけれど、ただ「大切にされてるんだなぁ」というその気持ちに浸りたい。それだけだった。

 

なぜそうなるか…

恋愛をしても親から無理やり別れさせられ、身辺を調査され、無理やりお見合いを取り付けられたりと、そんな事ばかり。

だからこそ私は本当の愛が欲しかった。けれど今の旦那と出会ったのは、本当によかったと思っている。運良く今までの元凶だった母親が亡くなった後だったから。それと私の留学で日本とカナダとの遠距離恋愛を貫けたこともよかったと思っている。

私がカナダ、旦那が日本でも、貫いた。本物の愛だからだろう。それに旦那は私と付き合う時には既に私がカナダに留学することが決まっていたのだが、それでもいいとカナダ留学を後押ししてくれて、応援してくれた。両親や兄よりも応援していたのだ。

本当は両親がすべきことを旦那はしてくれている。本当に嬉しいし、私はその時人の心の暖かさに触れた。

ここからは私の赤い糸を切る者は現れなかった。むしろ強固な一本の赤い糸だったんじゃないかな?そう思う。両親やストーカーにあったこと、旦那と付き合う前に理不尽な理由で失恋したこと、旦那はそれを受け入れてくれて私がたくさん泣いたこと、私が原因不明のウイルスで消化器官をやられたときもずっと付き添ってくれていた、カナダ留学にも笑顔で送り出してくれて、毎週テレビ電話をしたり、本当に心配になった時は国際電話をしてくれた。帰国してからもすぐに両親に紹介してくれて、うちの親やお兄ちゃんにもあってくれて同棲も始めた。結婚するまでに赤い糸はハサミじゃ切れないほど強いものになっていたのだろう。

自慢できるなら

私には自慢できるものがあります。

それはお仕事のことでもなく、資格のことでもなく、家柄の事でもありません。

 

自慢できること…それは

「いじめに遭っていたことで、人に対する優しさ、辛いことに対しての忍耐力、我慢強さ、人を見るための洞察力、人の気持ちを考えられる…それらの力を得ることができたこと。それらを持ち合わせることができたこと。負けず嫌いになってどんな困難でも立ち向かえる強さを得たこと」

 

心身ともに強くなれた。

それと同時にこういう人たちを反面教師にして生きていることに感謝する。

くだらない理由があります。

私がまだ幼稚園に通っていた頃の話。

その頃私の実家付近の治安は普通に良かった。幼稚園児の子どもたちも普通に家から離れた公園で遊んだりしていたぐらいだったし、それを見て変な気を起こす大人もいなかった。

だから私も幼稚園児の頃から家から少し離れた公園に一人で遊びに行ったりもしていた。

そこで何人かの同じ学年の友達が出来た。もちろんその子達とは小学校も同じところに通うことになっていた。毎日なんだかんだ仲良く過ごして遊んでいたことを覚えている。

 

小学校に入学してから…

突然意味も分からず同じ地域の同じ学年の子達からハブられるようになった。帰りも地域ごとに班になって帰るのだが、最初は一緒に帰っていても、途中になってから私だけ置いていかれるというもの。最悪なのは私のプールバッグを100メートルぐらい後ろの場所にわざと置いてきて、私が取りに戻ると全員で走って逃げるという悪質なもので。だから私はいつも置いてけぼりにされて一人で家に帰っていた。

もちろんその班には女の子もいたけれど、男子と一緒になって私を置いていくなどする。明らかにいじめである。なぜかその頃からいじめに遭うようになっていった。私は子供の頃から虫が嫌いだったり、ヘビが嫌いなどそういうものがあったのだが、それを知った同じ地区の同級生が、それをネタに私をからかうと面白いと言って嫌がらせレベルにからかうものだから、いつの間にかいじめに発展していった。

そんな中、前記の女の子が私に声をかけてきて一緒に遊ぼうと言ってきた。けれど私は前記のようなことをその子にもされていたので、それを理由に断るときまってその子は「あたしやってない!」と平気デとぼける始末。たちが悪いのだ。当時の私が弱虫だったこともきっといじめの原因だったんだろう。

そんな中、他の地域の子たちが私が一人で帰っていることを先生に言ったようで先生から事情を聞かれた。だから私は正直に「みんな走って私を置いていく、嫌なことを言ってくる」などと話した。

そんなある日、またしても置いていかれる事件が起きて、私はとても悲しい思いをしていた。その翌日、同じ班の同級生の女の子が普通にあいさつをしてきたのだが、私はそれを突っぱねて「昨日私のこと男子と一緒に置いていったくせに。恨み持ってるからね!」と言ったらその子は私に「え?私やってないし!!男子にいじめられるからやらなきゃいけなかったの」などと訳のわからない矛盾した言い訳を始める始末。頭にきた私は学校に着いていつも仲良くしている友達数名にこの話をした。すぐに私を置いていった女子は吊し上げに遭うことになる。

時は流れて小学校五年生の終わりになり、地区子供会の会長と副会長を決めるときに私は下級生からの推薦で会長候補に上がっていた。けれどいざ決まってみたら、一年生の時に下校班で私を置いていった女子と、五年生から転入してきた女子に決まってしまったのだ。そしてわざと聞こえるように

「高坂みたいなバカにはふさわしくない!)とか「だって嫌いだから」「醜いやつにならせたくない」などと耳を疑う理由を言われていたのだ。すべて同級生から言われていて、私は悔しくてたまらなかった。はっきり言って会長か副会長になれる自信はあったのだ。というのも学校の成績もそこまで悪くないうえに、下級生の面倒も普通に見ていたし、下級生たちからの人気も得ていたのだから。それがただ同級生の男子たちが私が嫌いという理由だけで会長にさせたくないと、裏で手を回していたのが私は気に入らないし、何を基準に醜いとか言ってくるのか…人間性を疑わないはずもない。

そもそもなぜ「醜い」なんて言えるのだろうか?そして嫌いという理由だけで地区子供会の会長に選ばないとか、他の男子の下級生とかにも「あいつに票は入れるな」と命令できるのだろうか。道徳心というものが無いのだろう。おかげでこの年の地区子供会での話し合い内容だったりどんな先生が顧問だったのかも全く覚えていない。正直無関心になってしまっていたから。

そもそもくだらない、「嫌いだから」とか「醜いから」とか。それを真顔で言っていたのだから余計にくだらなく、滑稽に見えてしまう。見ているこっちが恥ずかしい。自分だって決してイケメンじゃないうえに、どう見てもニホンザルにしか見えないほどブサイクなのだから。ブサイクに醜いなんて言われても悔しくねーよ!と啖呵を切りたいところだが、ここは大人しくしておこうと啖呵は切らずにいた。

正直こんなの誰が決まっても別にいいと思っていた。ただ私が気に入らないのは「嫌い」という理由だけで重要ポジションから人を外すなど、そういうやり方がまかり通っていることが気に入らない。で、それなのに学級での雑用などは平気で押し付けるとか意味がわからない。

 

ちなみにこのときの会長や副会長は…

今はあまりいい人生を送っていない。それとそんな会長と副会長を推薦して票を入れた上に私を醜いと言った男子もまともな生き方をしていないし、その主犯格(以下サル)は高校の頃に堂々とキセル乗車をしていた。その現場は私も目撃している。

ある日最寄り駅の同じホームで私はサルを目撃したのだ。そして運がいいのか悪いのかサルと同じ車両に乗り合わせたところで私はその現場を目撃することになる。

こともあろうか、サルは電車を降りてから改札方面に向かわずに隣の線路を走って横断して、その先のフェンスを超えて駅から出て行ってしまったのだ。恐らくだがサルは駅の入場券か最定額の切符を買って、目的地まで行ったところで奴は電車を降りて駅の中の別の線路を走って横断してフェンスを超えて駅を出たのだろう。

あれ捕まったのかなぁ??と見ているこっちが思わずほくそ笑んでしまうほど滑稽なことをやらかしてくれた。無事に捕まっていることを願いたい。

 

それとサルの腰巾着も目立ったような称賛されるような人生を送っていない。

 

何が言いたいのかというと…

人をいじめる、苛めの片棒を担ぐようなことをしていた前科があるような奴は必ずバチが当たるという、そういうものだということ。