Darkness world -ある捻くれ者のつぶやき-

高坂はる香です。私の幼少期からの出来事をエッセイ形式で書いていきます。(ちなみにこれは全て私の心理カウンセリングで使われたものです。虐待などの内容を含むため、閲覧にはご注意ください)

Boomerang

ブーメラン…

ネットやテレビで最近よくものの例えに使われています。

私はこの例えが大好きだ。というのも、「まさに!」と納得のいくものばかりだから。

 

私は虐待サバイバーでありながら、いじめサバイバーでもあります。その、サバイバーからいくつか話しておきたいことがあります。

 

聞いてください。

 

もし私をいじめていた人が平然と生きているなら、その方が私に放った言葉の刃物がブーメランとして自分に帰ってくるでしょう。

無論それはその人の職業や地位や立場など選ばず。

 

いじめた理由…

周りがしてたから?

自身がいじめられたくなかったから?

楽しいから?

いじめないといけない理由があったから?

生理的に受け付けないからいじめていた?

 

全て人間性を疑います。

ブス、デブス、デブ、クソ、ビッチ、将来は関取、ブタ、キチガイ、気持ち悪い、低能、才能なし…

女子からなんて

「アンタの隣にいれば自分は痩せて可愛く見える」

全て私が言われた汚い言葉である。

それもクラスの人間のほぼ全員から。

 

単純な質問だけど

「自分が言われたらどう思うの?」

 

きっと嬉しくてそう言うのでしょう。

心が歪んでいますね、

病んでますね、

人と比較しないと自分が保てないほどヤバい人なんでしょうね、

人より上に立ちたい気持ちが強いんでしょうね、

頭が悪いんでしょうね、

人に愛されたことがないんでしょうね、

 

ホントくだらない。

くだらない理由で人をいじめてもいいことなんて一つもないのに。

それに得られるものなどない、失うものしかないのです、そういう方は。

 

そしてこういう人らの行く末は…

世の中で言われている

モンスターペアレント

「バカ親」

「ガキみてーな大人」

モラハラ上司」

「ヘリコプターペアレント

DQN

こんなところでしょう。

 

それで私をいじめていた人が例えば医者や教師、社長になっていたら…

それこそ

「モンスターティーチャー」

モラハラ上司」

DQN社員」

「リピーター医者」

「ヤブ医者」

「能力不足」

と呼ばれる立場になることでしょう。

 

全ては因果応報。

世の中全て因果応報…、時には人を殺す凶器にすらなりえる「言葉」で弱きものをいじめた結果は、それしかないと考えます。

 

そもそもそんな人たちの世話になりたくない。

息子の担任にもなってほしくない、主治医にもなってほしくない、同僚にも上司にもなってほしくない、友達にもなってほしくない。

 

ところでいじめをしていた人間が親になり、自身のお子様が誰かをいじめるとなっても…何も思わないんだろうね。

たとえ誰かを自殺に追い込むようなことになっても笑えるのでしょうか?

残酷なことをしていても笑えますか?

人を傷つけることをしていても笑えますか?

褒められますか?

 

考えてください。

あなたがいじめを目的として放ったその言葉、いつかあなた自身もしくはあなたの大切な人にブーメランとなって返ってきます。

いつかはその標的になることもあるでしょう。

 

そうなっても、頑張って生きてください。

人に唾を吐く男、吐かれる女

「合わない人間など放っておけ!」

 

そう言いたいわ、いつの時代もね。

そんな一言から始まった表題のエッセイでございます。

 

小学生の頃の私にはどうしても胸糞の悪い男がいた。彼の名は「ドブ岡ドブユキ」という男である。どんなきっかけでそうなったのかまでは覚えていないが、一年生になってしばらくすると、ドブユキは何故か私の跡をつけるようになってきた。それだけじゃなく、ランドセルに着いているキーホルダーを毎日チェックするのである。

私達の学校はランドセルを教室後方の棚に入れておくことになっていたのだが、そこの中までわざわざ覗いてまでランドセルを調べ上げるので気持ち悪かった。決まって「実験!実験!」と言って私のランドセルを調べ上げるものだから本当に嫌悪感しかなかった。

他の女子にはやらないのだが、私にだけはやるというたちの悪さ。一度ドブユキのせいで不登校になりかけたぐらい。

 

先生もこの実態を知っているのにも関わらず注意のひとつもしてくれず、私は気分が悪かった。クラスメイトも然り、誰も助けてくれない。もう最悪。

そして2年生になったらなったでまたしてもドブユキとは同じクラスとなった。相変わらずドブユキは私のランドセルを調べ上げる、行動をチェックする、まるでストーカーであった。そしてドブユキの行動はエスカレートしてしまうのだった。

下級生たちに「高坂はる香をいじめてもいい!」ということを言って回っていたそうだ。そして私は身上も知らぬ下級生からもいじめに遭った。

小学6年の時、この日はエリは休みであっこちゃんはブラスバンドの引き継ぎということで一人で帰っていた。すると後ろの方からガヤガヤと男の子たちの声が聞こえてきた。すると、いきなりそのうちの一人が私に襲いかかってきたのだ。

「一体これは?!」

と思う間もなく、その周りにいた下級生の男子たちが代わる代わる私に暴力を振るうのだった。中にはわざわざ戻ってきてまで顔を殴る者まで。確か7人ほどだった。

そこに下級生の女子数名が通りかかって、その男子らを追い払ってくれた。

「あんたら、何してんの?!」

「やめなさいよ!!先生に言うよ?!」

「はる香ちゃん、大丈夫?」

その子達は必死に止めに入って追い払ってくれた。けれど私はその後下級生の男子から耳を疑うセリフを聞くことに。

「だってドブユキくんがこいつのこといじめていいって言ったんだもん!」

悪びれる様子も無かった。こいつら、ドブユキの手先だったんか?!と腹立たしく思えていた。

ちなみに追い払ってくれた女子はクラブ活動などで仲良くなっていた私の知り合いということもあって、話を聞いてくれたのだが、私は同時にとても情けなくなった。下級生にいじめられ、下級生に励まされるなんて…と。

 

翌日。

私のいる教室にて。確か二時間目の授業中だっただろうか。五年生の学年主任が教室の扉を開けて、それに続いて男子児童数名が教室に入ってきた。その男子児童は私に暴力を奮った奴らだったのだ。

そして五年生の学年主任は皆に向けて

「この子たちは、このクラスの女子に暴力を奮ったのでここにいます。今からなぜそういうことをしたのか理由を話してもらい、謝罪してもらいます」

まさに公開処刑…だった。そして下級生の男子たちが一人ずつこう話す。

「ドブユキくんがいじめていいって言ったから」

「いじめていいって思ったから」

「ドブユキくんからいじめないと殺すって言われたから」

「ストレスがたまってたから」

ほとんどの奴の口から出たのはドブユキ…、やっぱりあいつだったか。そこでドブユキのクラスの先生とドブユキが私のクラスに連れて来られた。

「ドブ岡、これはどういう事なの?下級生にいじめをしろって命令したの?」

先生はドブユキを責める。しかしドブユキは

「言ってない、こいつらが勝手にやった」

とシラを切る。だが、下級生たちは

「毎日ずっと言ってた!それに跡をつけて「あいつだ!」とまで言ってたじゃん!」

「ドブユキくん嘘つき!」

そんなこんなで教壇前でドブユキと下級生男子らによるくだらない痴話喧嘩が始まった。うちの担任もクラスメイトもさすがに呆れている。

学年主任もさすがに見かねたようで

「いい加減にしなさいっ!あなた達ねぇ、理由がどうでも人をいじめるなんて最低だよ!ここに何するために来たの?高坂はる香さんに謝りに来たんでしょう?」

と怒鳴りつけた。五年生の学年主任ってこんなに怖かったっけ??というぐらいの剣幕だった。

 

謝罪はドブユキから始まり、他の下級生たちも私に謝ってきた。

「高坂さん、殴ってごめんなさい」

「ケガさせてごめんなさい」

「許してください、ごめんなさい」

その時ドブユキが薄ら笑いを浮かべたのを見た私はすかさずこう言った。

 

「許すことはできない!ドブユキと、ここにいる五年は絶対に許しません。ここで許すと言ってしまったらまた同じことをすると思うからです。そんなの簡単にわかる事でしょう?だから何があっても許しません、許したくありません」

そこで学年主任の先生が

「そう言わずに、この子達は反省してるの」と取ってつけたような物言いをしてくるので私は更に頭にきて

「じゃあこの話は校長先生に言ったんですか?それとも教頭先生にも言いましたか?集団でのいじめはテレビのニュースでも問題になってますよね?それに自殺した子供もいるのはご存知ですよね?」

学年主任は驚いたような表情だ。

続けて私は

「私はドブ岡に何も悪いことはしていません。それなのにいじめにあうなんて酷くないですか?しかも関係のない下級生まで使うとは卑怯です!そんな人間は許すと思いますか?土下座をしても許しません。警察に逮捕してもらってください」

 

と言って私は教室を出て行った。何なんだろう、みんなバカなんだな。

ああ、みんなバカだよ。

キチガイだよ。

人をいじめていい気になるなんて、本当に根性腐ってる。

その後担任からも許してやれと言われたが、私は断固として奴らの謝罪を受け入れることはしなかった。私は前日の暴力で口の中を切ってしまっていた。それ以前に心にはナイフでえぐられたような傷が残る結果になったから。

 

そして小学校を卒業、中学に進学した。

そんなある日、バス停でドブユキらに遭遇してしまった。私はドブユキらから離れて歩き出したのだが、追いかけられて事もあろうか唾を制服に吐かれたのだ。

唾を吐くとか?!ドブユキって…人として腐ってるとしか思えない。そう思った瞬間だった。制服も唾ひとつで汚物に見えるぐらいに気持ち悪く思い、捨ててしまいたいぐらいだった。

汚い、気持ち悪い…しばらく立ち直れなかった。ましてや人に吐いた唾など、私には耐えられない。

 

それから中学卒業まで、ドブユキとはクラスも一緒にはならず、卒業まで過ごすことに。だが、極めつけは…ドブユキの進学した高校は入試で名前さえ書けば合格するような教育困難校だった。

アハハ、高校合格おめでとう…ってところだった。ちなみに私は市内一の進学校と同等の学力が無いと合格できないような情報系の高校を受験、合格して入学。

 

ドブユキのような腐った根性の持ち主などいませんでした。

最低。ああ、嘘って最低だ・・・

つい数日前、我が家ではささやかながらのバレンタインデー・・・というわけで家族とチョコレートを食べていた。息子には某猫型ロボットのを、旦那にはマトリョーシカのデザインのをプレゼントした。

ま、どちらも可愛いものは好きなので選ぶのにはそんなに苦労しない。息子に限っては単純で、その時ハマっているキャラクターもので何ら問題は無い。

 

さて、今回ここに書くテーマは・・・「バレンタインデー」の話である。

私にはこの日にはとても嫌な思い出がある。そう、それと同時に「言葉は時として凶器にもなる」と実感した出来事だ。

 

今でも許せない、小学五年生のバレンタインデーの数日後の話。

ちょうど時期的にインフルエンザが流行る時期であり、私はバレンタインデー付近は見事にインフルエンザウイルスに感染して一週間ほど学校を出席停止となり休んでいた。その間クラスメイトにも会えず、とりあえずテレビと漫画が私の楽しみだった。けれど当時特効薬なるものが無く、自然に熱が下がるのを待つのみで夕方になると熱が出るなど、そういう症状が数日続くというそれは拷問か!と思えるものであった。結局学校に復帰できたのは二月の終わりごろになってしまったのだ。だから二月の中旬から下旬まで学校にいるはずがないのに、ある嘘の話がクラス中で広がっていたことはその時の私はまだ知る由もなかった。

 

学校へ復帰した日の朝。

エリと一緒に学校へ行った。教室に入るや則子やマミや士郎が私を見て笑う。

あっこちゃんに限っては部活の朝練に出ていたこともあって、その日の朝の登校は別だったからその場に彼女はいなかった。

私は「何を笑うの?何がおかしいの?」と則子らに言った。

すると則子らは

「あんたさぁ、士郎にバレンタインチョコあげたんでしょ?それもさぁ、溶けかかったやつで新聞紙に包んで渡したんでしょ~?あははは!」

エリ曰く、私のいないところでバレンタインデーの翌日からそういう話が出てきていたらしい。そしてエリもその話を信じたそうな、というのも士郎本人がクラスメイトの前でその話をしたからだった。どうやら最初はゴミを渡されたとも言っていたそうだ。ゴミから今度は新聞紙に包んだチョコを渡したとか、どう考えても不完全でお話にならないレベルである。更に言うなら私はこの日インフルエンザで学校には来れていなかったし、その状態でよその家になんて行けるはずもない。加えて熱だって出ているのに外を出歩けるわけがない、そんなこと五年生にもなれば分かるだろう。それも分からずそういう話を真に受けること自体今思うと真性の大馬鹿である。無知にも程がある・・・。

それにたとえ私がインフルで休んでいるのにと分かっているのに、その士郎の話を信じたうえでからかったとなれば、まさにいじめであり悪意のあることだろう。

 

私が士郎に新聞紙チョコを渡した話はすでに学年中に広がっていたのだ。

もう本当に誰も信じることなんてできないとまで思った。当時の小学校は2クラスしかないのでひとつの話は嘘であってもすぐに広がってしまうのだ。そして廊下を歩いていてもどこに行ってもすぐに後ろ指をさされて笑われる。私は知らないうちに笑いものになってしまっていたのだ。

本当に学校に居づらい状態、針の筵でしかなかった。学校じゅうの笑いものも同然だろう、いろいろなことを考えた。しまいにはエリやあっこちゃんもその話を信じたというのだから、私は本当に誰も信じることが出来ないという気持ちになっていった。そしてその数日後にはエリもあっこちゃんも私から離れてしまった。そう、私はひとりぼっちになってしまった。

ひとりぼっちになってしまったうえにどこを歩いていても笑われる。「新聞紙に包んだチョコあげた人」という変なあだ名がついたりもしたし、挙句大の仲良しだったエリやあっこちゃんには「あんたといると、私もいじめられるから」という辛辣な台詞を吐かれてしまった。もう泣いても泣いても悲しさが晴れることなんてない!そういう気持ちが自身を支配してしまっていた。そして次第に学校にも行かない日も出てくるようになり、学校に行っても保健室登校をしばらく続けていた。

そんなある日、保健室でひとり考え事をしていて先生が声をかけても私は反応せず、そのままぼーっと一日を過ごす日が増えた。もう誰にも会いたくない、誰も本当のことなんて信じてくれない、これっていじめ?人をいじめて何が楽しいの?何が面白いの?私が何をしたっていうの?そんな好きでもない人にチョコなんて渡していないし、そもそもその日はインフルエンザで学校を休んでいたのに・・・わざわざ家を抜け出してチョコを渡すなんで出来るわけないじゃない!こっちは熱で苦しんでいたっていうのに。それに言うまでもなく私は士郎なんて好きじゃないし、好きな男の子なんていなかった。それなのに・・・

その思いだけがずっと頭の中をぐるぐる回る。気が付いたら私は自殺を考えるようになっていた。「もう死にたい」という思いしか自分の気持ちには無かったのだ。すでに私はその時点で親も心配するぐらいに無気力になってしまっていた。親にも言えない、先生にも相談できない、どうしよう、やっぱり死ぬことしか逃げる道は無いの?・・・死ぬしかない・・・。きっとそういう流れだったのだろう。そのあたりに死ぬことばかりを考えるようになっていた私のその気持ちを思いとどまらせる事が起きた。

学校を休んでいた私のところに、エリとあっこちゃんが家に訪ねてきた。母が彼女らを家にあげて、リビングに通した。そこに私が出ていく。

私は一体どういうことなの?といった雰囲気だった。何かたずねようとしたとき、エリが

「・・・ごめんなさい。はる香ちゃんのこと、信じてあげたかったんだけど・・・私いじめられるのが怖くてそれで・・・。あっこにも怒られて・・・本当にごめんなさい!!」

続けてあっこちゃんも

「私もごめんなさい。士郎やマミに『あんたらも士郎を信じるんでしょ?信じないっていうなら殺すよ?』って言われて信じるしかなかったの・・・だから・・・。それにこれ、あいつらクラスの女子全員に言ったんだよ・・・」

と泣きながら言った。あっこちゃんに限っては本当に怖くなったようだった。基本彼女は人に流されるような性格ではなく、ゴーイングマイウェイというような性格の持ち主だってことは長い付き合いで私は知っていた。けれどエリの方は本当にそれを信じていたというもんだから恐ろしくなった。エリはあっこちゃんとは真逆ですぐに人に流されるし、誰かが言ったことはそのまま信じ込んでしまう性格である。おまけにだいぶ甘やかされて育ったせいか、わがままがひどいのだ。だから正直エリが謝罪したことについては信じがたいとも思えてしまったが、あっこちゃんがエリを説教して正したということも後に聞かされて私も納得できたのだ。

その場には私の母もいたこともあり、エリとあっこちゃんが事情を説明しこの事件はいったん収束したのだ。だが、それでも私の心の傷は消えない。きっと一生消えることなんてないと思う。

 

ひとりの嘘で別のひとりの人生が変わってしまう。不幸になってしまう。

言葉は時として凶器となる・・・そのいい例だ。

私は今でもきつい物言いをすることがある、しかし言葉を大事に思う気持ちは変わらない。だからいくら嫌いな相手がいたとしてもそんな嘘を吹き込んでまで陥れるなんてしようとは思わない。せいぜい相手にしないぐらいにしている。それに嫌いな人にわざわざその人の悪口を言ってきたり嘘を吹き込んでまでして陥れて、その姿を見て喜んでいる人間なんて本当に哀れとしか言いようがない。

そもそも言葉ひとつで人の人生を変えてしまうこともある、言葉ひとつで人を殺める、死に追いやることだってできる、言葉ひとつで社会的地位を無くすことだってできる、無論それはいつか何倍にもなってブーメランのように自分に返ってくるだろう。

他人にだけじゃない、言葉というのは自分自身の信用を無くすことだって自分自身を死においやることだって可能なのだ。だからこそ言葉は大事にしてほしい。

えこひいき、からの復讐劇。そして報復

小学校4年生の頃の担任の話である。

40代中盤ほどの女性教諭が私たちのクラス担任になった。私はこの教諭(以下吉本先生)を最後まで好きになれなかった。というのも「勉強が出来る子」だけをえこひいきしており、勉強が出来れば何をしてもいいというスタンスの持ち主だったから。その「勉強が出来れば何をしてもいい」というのは人に迷惑をかける悪いことでも彼女は許していた。

最初の頃こそ私は吉本先生を嫌うことなど無かったが、彼女は徐々に勉強が出来るクラスメイトをひいきするようになり、彼らがどんなに威張り散らしても何をしても「この子はそんな悪いことするはずがない!」などとなっていた為、私らクラスの児童は吉本先生を嫌がるようになった。そして吉本からひいきされていた児童はクラスの中で常に王様、女王様気取り。見ていて気分がいいはずがないのだ。

そんなある日、学級会でクラスの学級委員長も副委員長を決めることになった。うちの学校では4年生から学級委員長と副委員長を一人ずつクラスに置くことになっていた。そこで学級会を開いて決めようという話になっていたはずなのだが、ここでも吉本の独断で委員長も副委員長も決まってしまった。ちなみに吉本が委員長に指名したのはキミアキ君という男子(「友達選びは全てご自身の責任で行いましょう」参照)、そして副委員長に指名したのが幸子(「いじめ」の項目を参照)だった。確かにキミアキ君も幸子も勉強は出来る。が、私はどちらも好きではなかった。というのもどちらも平気で人を見下したり嫌がらせをするなど性格が悪いから。正直予想は出来ていたが、いざ吉本の独断で決定となると余計にストレスだった。

 吉本はある意味クラス内では女帝のような雰囲気だった。常にひいきをする、勉強が苦手な子や成績のよくない子に対しては理不尽なまでに厳しく接するのだ。あとはいじめなどクラスの調和を乱す児童に対しては容赦なく厳しい、これは当たり前だが…

 

学習発表会の時期になり、私たちの学年でも劇をやることになり配役を決めることになった。

劇は「野口英世」。幼少期から医者になるまでを学年で演じるというものだ。当時の4年生のクラスは2クラス、隣のクラスの担任は教諭になって二年目という若い女性の先生だったせいか、配役はほとんど吉本が決めていた。最初は児童らにやりたい役を聞いた。そこで役ごとに吉本によってオーディションが行われた。私は清作の姉役に立候補していたのだが、そこには吉本から直接ひいきをされているわけではないが、隣のクラスの優花(「いじめ」の項目参照)もいた。優花は4年生になっても担任から気に入られている存在であり、やはり隣のクラスでも相変わらず女王様気取りだった。他には当時隣のクラスだったマミ(「いじめ」の項目参照)も立候補しており、彼女らの他にも数名が立候補していた。実はマミもこの時点で既に担任に媚を売っているような存在であり、オーディションはやったものの結局清作の姉役はマミに決定した。そして清作の母役は立候補していなかったにも関わらず、優花に決まった。

落選したので、私は次に村人役に立候補をした。やはり舞台に上がる役をやりたい、当時の私はそう思っていた。だが、そこで吉本は私に「高坂さんはとても声が大きいので、村人役は向いてないと思うの。村人役は台詞なんて無いし、だからあなたは呼びかけをやってほしいんだ」と。その一言で私はやりたくなかった呼びかけに回されてしまった。無論私の了解など無しで。ちなみに呼びかけとは劇の進行役のようなもので、オーディションに落ちた児童らが大人数で行うものであった。呼びかけも確かに大事な役なのかもしれないが、私はやはり舞台に上がる役をやりたかった。それだけではなく、幸子も呼びかけになり、吉本から「みんなのまとめ役」を任されたために幸子は練習の時も常に練習を仕切っていた。

この劇は清作が囲炉裏に落ちて手を火傷する、小学校に入った清作がいじめに遭う、清作が宿屋の大吉らと学校をサボる、学校をサボった事が母親にバレる、呼びかけの進行の下清作が医者になるまでの話をするという順番で構成されていた。無論シーンごとに配役も違う児童に割り当てられるのだが、言うまでもなく隣のクラスの担任は空気同然、吉本が全て仕切って配役を決めてしまったのだ。そしてこのやり方にクラスメイト達の不満も爆発しないはずがなかった。吉本がいない場所では「絶対えこひいきに決まってる」「何であいつが?」「主役級の役は吉本からひいきされてる奴か隣のクラスで先生に媚を売っているような奴ばっかじゃん!」などと子供達から文句が出始めていた。

そんな中、台詞のある最後のシーンである清作が学校をサボった事が母親にバレるという場面で清作役を吉本から指名されたのは、クラスのいじめっ子である関根君だった。彼は自分よりも弱い立場の子を見るとすぐに暴力を奮うなどのいじめをしていたこともあり、クラスメイトたちからは吉本の一言に不満が噴出した。

次々と不満を口にする子供達、吉本も困惑していた。私も不満を口にした。そして一人ずつ挙手をしては「その役は関根君には相応しくありません」「私は反対です」「関根君はいじめっ子だからその役はやってほしくない」と反対意見を述べ、関根君が清作役をやることに反対したのだ。そこで吉本もさすがに関根君が清作役をすることを撤回するかと思いきや、泣き落とし同然にクラスメイト達を説得し始めた。

吉本は「関根君は確かにいじめっ子。だけどこういう役をやることでいじめをしなくなると思うの、だからこれは関根君にしてもらえない?」と言う、クラスメイト達の不満は残る形になったがほぼ強引に清作役は関根君に決定となった。決定事項であってもやはり児童らからは次々と不満は出てくる。「何で関根なんだよ」「あいつの親がPTAにいるからじゃねぇの?」「あーくだらねー」など、毎日のように聞いていた。

それをよそに練習は進んでいく。

そして体育館での通し稽古の時、私はこう思った。

「うわぁー、リアルいじめっ子が逆の役ですか・・・。滑稽だわ」と。これがリアルに起きてくれたらと願うばかりだった。関根君はなぜか幼稚園児の頃から誰かをいじめては喜んでいるタイプであり、まさにジャイアンのような奴だった。ただジャイアンと違うのは、いざという時に誰かを守ってくれるような場面がない事。ある意味ジャイアンよりも強いジャイアニズム精神の持ち主だった。そして自身の悪事を咎められても言い訳をしたうえに被害者に責任を無理やりなすりつけて逃げるという酷いやり方を堂々としていた。そのため、同じように常に悪い事をしている男子数名ぐらいしか友達はおらず、クラスメイトたちからは嫌われていた。本当に最低な男だ。無論私も被害を受けていた。ある日、関根君に思いっきり蹴られて脚にあざができてしまったのだ。それは明らかに関根君にやられたのだが、それを親経由で先生に言ったのだが、先生が介入するや彼は「俺だって高坂に叩かれてあざが出来た。だから俺は悪くない」と開き直る始末、タチが悪い。私以外にもそういう女子は多数いた。それに弱者には威張り散らす、理不尽なことをするなど、悪評高いものだった。そして関根君のせいで学校に来る事ができなくなった女子もいたぐらいだった。そのために、ずっと子供たちの不満は残った。

けれど教師である吉本らは学習発表会の劇の仕上がりに大満足だった。某ドラマの「あんたたち、やったわよ!」みたいな雰囲気だった事は今でも忘れない。それと裏腹に児童らの呆れた表情、それも忘れない。

 

それから時が過ぎて私たちは5年生になった。さすがにもう吉本が担任になることは無いだろうと思っていた。だが彼女は5年生の担任に持ち上がった。運良く私はエリとあっこちゃんと共に吉本のクラスになることはなかった。心底嬉しかった。

その後も吉本のクラスにいる友人から彼女の傍若無人っぷりを聞く事ができていたので、相変わらずなんだなぁとは思っていた。やはり吉本のクラスではそのクラスの児童であるキミアキ君と優花はご贔屓筋だった。簡単に想像できることであっても、やっぱりねと落胆した。彼女はなにも変わっていなかったからだ。無論吉本のクラスの友人らからは「何だかね、何をしてもキミアキ君か優花にばっかり優しくしてんだよ。宿題だって無茶苦茶な物しか出さないし」と不満の声すら出ていた。

そんな中、吉本にあるあだ名がつき始めた。それは・・・「ビチ子」というもの。

あまり言いたく無いのだが、吉本は常に厚化粧をしているのだ。正直特殊メイクか?と言いたくなるぐらい、笑うとファンデーションがボロっと落ちるんじゃないかってぐらいにビチっと化粧をしているのだ。そして化粧品の臭いを毎日プンプンさせて授業をしているのだから、そういうあだ名がつくのも無理はない。その日から私たち児童らはクラス関係なく彼女を「ビチ子」と呼ぶようになった。

後に知ったのだが、ビチ子というあだ名が存在したのは私たちが5年生になる前からだったそうだ。どうやら私たちが4年生の頃の後半には既に上級生の間ではそのあだ名で呼ばれていたそうだ。誰が見ても、吉本は化粧がビチってるというぐらいに厚化粧、ということだったのだろう。実は私も初対面で吉本はとんでもない厚化粧だなと思ったぐらいだった。まさに仮面でも着けているのか?というぐらいに肌は白く塗られており、アイラインはビシッと引かれていて、口紅も不自然に赤い。それと明らかに首と顔の色が違う、ツートンカラーが成立してしまうぐらいに不自然なのだ。彼女の皮膚は皮膚呼吸が出来ていたのか?と今は思えてしまう。そして化粧を落としたらきっと違う顔なのだろうと当時から思ってしまったぐらいだ。それでも性格がよくて、児童らに対しても分け隔てなく接しているのであれば児童らから変なあだ名で呼ばれることもきっとなかったのだろう。

彼女も実は黙っていなかった。

5年生になれば私たちの学校では宿泊訓練と言ってスキー教室に泊りがけで行くことになっていた。そこで事件が起きた。

宿泊訓練の2日目、吉本のクラスの男子がいる部屋にてその日1日の準備をしていた時だった。男児らでビチ子がさぁー、などと吉本に対しての不満を口にしていた。そこに偶然吉本が通り掛かりその男児らの部屋に入ってきてしまったのだ。しかも運悪く、吉本の贔屓筋であるキミアキ君もその班にいたのだ。そう、キミアキ君も吉本をビチ子と呼んでいたのだ。吉本はショックだっただろう・・・

彼女はキミアキ君たちに

「お前たち、ビチ子って誰のことだ?ビチ子は美人なのか?」

と問い詰めた。キミアキ君たちはバツが悪そうにだんまりしていたが、吉本は続けて

「森田(キミアキの苗字)くん、誰のことなんだか答えなさい」

とキミアキ君に詰め寄った。そしてキミアキ君は重い口を開き・・・

「せ、先生のことです。吉本先生のことです・・・」

と言わざるを得なくなってしまった。すると吉本は

「何?!先生のことか?」

と落胆した。そして泣き崩れた。吉本にとってはこれはショックだったのだろう。それは理解できる。しかしこうなったのも吉本の態度が気に入らない児童らが多数いたことにもよることであるので、彼女の自業自得であるのは明白だ。

しかし彼女も児童らへのペナルティを課さないはずもなく、宿泊訓練から帰った後に吉本のクラスの児童に限定し、反省文を書かせていたのだ。

当時吉本のクラスにいたアスカに聞いた話なのだが、彼女曰く「宿泊訓練から帰った翌日に吉本が帰りのホームルームにて『先生をビチ子と言ったことがある人は残りなさい』と言って居残りをさせられて、原稿用紙3枚に反省文を書かされた」とのことだった。アスカもそこに残らされて反省文を書かされたうちの1人だった。ここでも傍若無人で理不尽である、吉本のクラスの児童じゃなくてもそう思ったぐらいだ。話し合いもせず、一方的に居残りをさせて反省文なんてと・・・そう思った子供たちは多かっただろう。ついでに吉本はそういうあだ名をつけられるようなことをしたことに気づいていたのだろうか。これで知らないふりをしていた、先生は偉いと勘違いしていたのだったら救いようはない。

雑草魂

ずっとやりたい事、出来なかった。
何年かかっただろう、そんな中何度も「私は惨めだ」とか「どうしてこうなっちゃうんだろう」とか…そんなのばっかりだった。
本当はやりたい事あるのに…、そう思っていたのにその気持ちに嘘をついて「嘘の自分」を演じていた時もあった。そんな嘘にのめり込みそうにもなった。けど、やっぱりそんなの「嘘」でしかない。正社員の仕事を探すときも、嘘の志望動機で応募して面接した。そんなだから仕事にありつけても本気を出せなかった。

そして子供が生まれてから何かパートででもいいからお仕事したい、だけどここでも嘘の志望動機で履歴書を書いていることに気づいて嘘をついていた自分に絶望した。
「私さぁ、本当にこのままでいいの?本当にやりたいのは…筆を持つことだろ?」と自問自答の繰り返し。
その結果体も心も一度壊した、自身の手で。
修復まで長い時間は要したけれど、その中で見えてきたものは「誰の命令でも自分に嘘なんてつきたくない。もっと自分に正直になりたい、たとえ世間からアホだと言われてもいい、ヤジを飛ばされてもいい、怒鳴りつけられて否定されたっていい、OL時代みたいに稼げなくてもいい、白い目で見られても怖くない!」
不安なんて無かった。だから筆を持つことを選んだ。筆を持ってキャンバスに向かう、ペンタブ持ってディスプレイに向かってあーでもないこーでもないと言いながらも一心不乱に絵を描く。私はこれを望んでいたのだ。
まだ駆け出しの部類だろう、けれど筆をとったら私じゃない。私じゃなくなる。

絵描きになってもうすぐ三年目になる、事実最初の1年は仕事よりも勉強が主だったけど、それが自身の礎でもあるのかな。今も勉強や研究は欠かせない、取材も楽しいし。やはりこれが私の生き方なんだな、って思える。
LINEスタンプをメインで今は仕事してるけど、今後はもっと仕事の幅を広げたい。私は自身の筆でみんなを笑顔にしたいから。昨日泣いていた人もきょうは笑ってくれますように…

ここに来るまで…
雑草の如く踏まれて潰されて否定されて刈り取られて。けれど信念を曲げなくて本当によかった。